第3話 変な人の噂



 クイナの『豊穣』には、植物の急速成長の他に収穫量の増大もある。

 豊作になるのも仕方がない。


 しかし問題はジャム作りだ。

 作り方自体はキャロから一通り聞いて知っているが、初めな上にこの量だ。

 流石に俺一人では、心細い事この上ない。


 という訳で。


「あのー、実はうちで大量のキンカンが採れたんですが、お裾分けをする代わりにジャムを作らせてもらえないかなぁ、なんて」


 訪れたのは、控え目な看板に素朴な造りの、一見すると何の変哲もないログハウス。

 しかしその実、穴場的な宿屋と化している『天使のゆりかご』という店だ。



 ここでは宿泊以外にも、1階で食堂を営んでいる。

 宿屋の主人兼シェフ・グイードが作る美味しいご飯と、素朴可愛い看板奥さん・マリアの明るく優しい接客がとても心地よい場所だ。

 二人の人柄のお陰か、客もみんな人の良い……もといノリの良い人たちなのも定連が多い理由である。


 宿屋よりも食堂の方が栄えているという、思わず「どっちが本業だ」と言いたくなるような成果を出しているお店だが、それもこれも、全ては一度この料理のおいしさと居心地の良さを経験すれば、誰もが納得すると思う。

 実際に俺だって、この街にやって来た当初、宿泊目的でお世話になっていたものの、自分の家を持った今でもこうしてよく足を運んではご飯を食べる。

 もう立派な定連だ。



 今日は少し、いつもとは違ったお願いだ。

 散々お世話になっているのに営業時間に突然そんなお願いをしにくるだなんて、ちょっと申し訳ない気持ちにはなる。

 だけど「どっかで大なべを使って一気にジャムを作れる場所」と「作り慣れた人」がどちらも存在する場所が、俺にはここしか思いつかなかった。


 言いながら、マジックバッグの中からボウルを一つ出してみせると、出迎えてくれたマリアが「あらぁ」と口元に手を当てて笑う。


「とても美味しそうなキンカンね。まだお昼時には随分早いし、今ならキッチンも開いているわよ」


 ふわりと微笑んだマリアは、今日も相変わらず美しい。

 着ている服は平民の普段使い品だし、仕事中とあって腕まくりもしている。

 まとめ上げた髪からはおくれ毛も落ちていて、化粧っ気も無い。

 めかし込んでいる要素は何一つとして無いのだが、むしろその素朴な美こそが俺好みだ。


 背中には天族の特徴的な白い羽を背負っているが、それを抜きにしてもまるで天使のような人。

 惜しむらくは彼女が既に成人済みの子供も居る三児の母であり、人妻だという事だ。



 「ちょっと待ってね」と言い置いて、彼女が一旦厨房の奥へと引っ込んだ。

 戻ってきた時には後ろに、コック服の男を連れている。


「やぁ二人とも、いらっしゃい。本当にたくさん採れたんだね。その量じゃぁ家用の鍋じゃ間に合わなさそうだ」


 店主・グイードは、急に荷物を持って来た俺達を相変わらずの人の良さで迎え入れた。

 彼はよく、酒を飲みながら俺の悩みを聞いてくれる良い人だ。

 特にクイナと一緒に住むにあたって付随してくる娘教育的なアレコレは、全部彼に相談している。

 この国に身よりも後ろ盾も無い俺にとって、ここは安らぎの場所。

 だからついつい、こうして頼りに来てしまうのだが。


「そうなんです。それでちょっと困っちゃって」

「いいよ、ここで作って持って帰ればいい。僕がチャチャッと作っても良いけど……」


 どうする? と言いたげに彼が言葉を止めたところで、クイナがすかさずバッと手を上げる。


「クイナ、やりたいのっ!!」

「じゃぁこっち側においで。小さい時に子供が使ってたエプロンが、この前たまたま見つかったんだ。服が汚れないようにソレを付けてやってみようか」

「エプロンなのっ!!」


 眼鏡の奥のタレ目が優し気に笑い、クイナは耳をパタパタとさせつつカウンターの向こう側へと入っていく。


 流石に場所を借りに来ておいて作業まで任せる訳にはいかない。

 俺も、とそちらに回ろうとすると、何故かやんわりとマリアに止められた。


「話しておきたい事があるんだけど、ちょっといい?」


 珍しい。

 カウンター席でご飯を食べるから、普段ならその時にマリアの休憩がてら話す。

 にも拘らず、こうして改まるなんて。


 きっと何かあるのだろう。

 そう思いながらグイードの方へと目をやれば「任せておいて」と目で言われた。

 「ありがとうございます」と笑みを返して、それから一つ、とても大切な事を思い出す。


「そうだった。グイードさんすみません、キンカンのボウル、あと2つあるんですよ」

「えっそんなに?」


 純粋に驚いた様子の彼に、クイナがすかさず「クイナ、朝っぱらから頑張ったの!!」と主張した。

 すると、流石は人の良いグイードさんだ。

 すぐにフッと笑みを浮かべて「じゃぁ頑張って美味しいジャムにしないとね」と答えて、クイナを連れて厨房の奥へと引っ込んだ。


 

 二人の背中を見送りながら、俺の方はいつものカウンター席に座る。

 出してくれたコーヒーをありがたく頂いたところで、マリアがちょっと困った顔で「実は一昨日、変な人が居て」と話を切り出した。


「変な人?」

「えぇ、なんか『獣人の少女と男の二人連れ』を探しているっていう話で。もちろん私達は『分からない』って答えたけど、特徴的にクイナちゃんとアルド君にも当てはまるから、一応忠告しておかないとと思ってね」


 なるほど、どうやらこちらに気を回しての忠告という事らしい。


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