第30話 困りながらの宣戦布告



 言われてみれば、母国の森では蜘蛛や蛇などの魔物にそういう種類がたまにいたけど、たしかにこの辺に生息している魔物にその類は見ない。


 ここの人間が戦闘で後れを取ったのは、きっと半永久的に再生するアンデッド種と戦い慣れていなかったからなのだろうと思っていたが、もしかしたら過去、レングラムにそれらの魔物との戦い方を実地で教わっていた事も、大きな理由の一つなのかもしれない。



 そんな事を考えていると、クイナがテテテーッと会場の中央へと走っていく。

 何をするのかと思ってみていると、どうやら不要になった結界を閉じるために行ったようだ。


 結界の中心にある魔道具を慣れた手つきで停止させると、誰かがクイナに話しかける。


 ん?

 たしかアレは、さっきクイナに「嫁に来い」などと言って振られていた子息だった筈。

 たしか名前は、マーゼル・ラクードだったっけ。


 ……あー、きっとまたなんか言ったな?

 クイナが仏頂面になって……あ、掴まれた肩から手を払いのけた。

 聞こえないけど、なんかとても言い返している。

 ヤバい。


「すみません、ちょっと」


 そう言い置いて、俺は慌ててクイナの下へと駆け寄った。


「どうしたクイナ」

「アルド! クイナ、この子嫌い!」

「嫌いだとっ?!」


 マーゼルが悲鳴のような声を上げた。

 俺の足にヒシッと抱き着き額をグリグリと押しあててくるクイナは、本気で嫌がっているし甘えてきている。


 二人の間に一体どんなやり取りがあったのか、いまいちよく分からないものの、キッとこちらを睨みつけてきた目の前の彼からは明らかな敵意が見て取れる。


「あー、えっと……」


 社交界に出た事はあっても、ここまで誰かからあからさまに睨みつけられた事はない。

 子どもとなれば尚更だ。

 どういう風に言葉を返せばいいか分からず、俺は困ったように笑う。 


「とりあえず、クイナが嫌がる相手のところに、嫁に出す事はないですかね」


 色々な問題が横たえているが、前提として、クイナの意に沿わない事を強要するのを許す気は俺にはない。

 譲れないラインを提示した俺に、マーゼルの怒りが更に深まる。


 権力者の感情を逆撫でしても、いい事なんて一つもない。

 俺は「あぁいや、敵対する意図はありません」と両手を顔の横に上げて敵意のなさを彼に提示する。


 しかし俺は同時に、権力を持つ人間が裏に手を回し、様々な事を強行できる事実も知っている。


「しかしクイナは平民です。今は王都で冒険者として自ら生計を立てています。暮らしぶりも習慣も、あまりに違いすぎますし、私はクイナが望まない限り、彼女に貴族の世界の教育を施すつもりもありません」


 言いながら、グリグリしてくるクイナの頭にポンと手を乗せた。


「少なくとも、これほど嫌がっているクイナをもし無理やりどうにかしようとするなら」


 過去に権力に負けた時は、俺の事だったからよかった。

 王太子という立場にも、それ程固執していなかった。


 しかし今は、俺ではなくクイナの事で、平民として生きている今を結構気に入ってしまっている。

 たとえばクイナが攫われた時に、街中の盗賊団を片っ端から殲滅して回った時のように、全力を出さなければならなくなるから。


「私は相手が誰であっても受けて立たざるを得ないという事を、覚えておいていただけると幸いです」


 権力持ち相手にそんな事をすれば、間違いなく面倒臭い事になる。

 だから俺は眉をハの字にし、そうならない未来を望んだのだった。




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