第29話 頑張りクイナ


 

 しかし敵はまだ残っている。


 一応騎士たちが応戦しているが、狙いどころが悪いせいもあり無限に再生し続けている。


 アンデッド種は痛覚がない。

 攻撃によって怯む事のない敵というのは、思いの外厄介でもある。

 対峙し慣れない相手なら尚の事、見た目も相まって恐怖心をあおられるだろう。


 若い騎士のうちの何人かが、手ごたえのない敵にジリッと半歩下がる。

 突然の戦闘、得体のしれない不気味な相手。

 士気は下がるのも仕方がないが。


「体液を被るな、麻痺をするぞ! 急所は頭だ、それ以外は再生する! 避けてもいいが絶対に下がるな!!」


 声を張り上げ注意喚起と共に彼らを叱咤する。



 チラリと王族席を見ると、彼らは引きつった顔で固まっていた。

 しかし周りは近衛が固めている。

 心配の必要はないだろう。


 それよりも問題は、周りを囲まれている事実だ。

 俺が倒して一つ包囲が緩んだが、ここは三階。

 窓の外に通路は付いていない。



 残りは四体、騎士たちがそれぞれ抑えてはいるが……ちょっと待て、一体足りない。

 どこいった。


「『探索せよ』!」


 引っかかった。

 やはり反応は四つ。

 見えていないもう一体は。


「上っ!!」


 パリィンという音が頭から降ってきた。

 ガラス張りの天井が砕け、上から影が落ちてくる。


 着地予想地点は会場の中央、そこにはちょうどクイナたちがいるあのドームが――。


「『身体強化』『火よ』」


 地を強く蹴りながら、剣に火を纏わせる。

 

 落下してくるハイグールの、ギョロリとした目と目が合った。

 こちらの敵意を察知したのか、歯をむき出しにし声とも呼べぬ咆哮を発した。

 鋭い爪で俺をえぐり取ろうと振りかぶる。


「『土よ』」


 空中に足場を作って蹴り、身を翻して攻撃を避ける。

 そして、一閃。

 切り落とした腕に、ハイグールは悲鳴さえ上げない。


 再生できるとは言えど、一定の時間は要する事になる。

 その間に頭を狙えば――いや、その前に。


「『風よ吹き飛ばせ』」


 風で、降りかかりそうだった敵の体液を飛ばす。

 そして今度こそ、火を纏った剣で奴の頭を切り落とした。


 

 後ろでは、クイナの魔力が膨れ上がった。

 振り向くと、結界の外にキツネ耳の少女が一人出ている。

 後ろに二人の大人を庇う形でハイグールに立ちはだかる彼女は、おそらく逃げ遅れた人を助けに行ったのだろう。


「『水よ穿て』」


 前に出した手のひらから三つ、水の玉が発射される。

 どうやら先程の俺の声を聞いていたらしい。

 が、ハイグールも知能がないわけではない。

 咄嗟に頭を庇うように動き、攻撃は腕に風穴を開けるに止まる。


「『水よ縛れ』。クイナ!」


 ハイグールの攻撃手段である爪を、腕を縛り上げる事で封じ、彼女の名を呼ぶ。


 クイナは「今度こそ」と魔力を練り上げた。


「『水よ、火よ、力を合わせてジュワッと蒸し焼き』!!」


 水の膜がハイグールを覆い、中で力いっぱいの爆発が起きる。

 出来上がったのは、焼きオークのような美味しいものではない。

 ただの消し炭だ。


「どっちにしろ食べたくはないから、消し炭で力加減は不要なの」


 当たり前だ、是非やめてくれ。


「クイナ、怪我は?」


 小走りで寄りながらそう尋ねると、こちらを向いたクイナがニコッと笑う。


「大丈夫なの! この人たちも守り切ったの!!」


 上目遣いで耳をピコピコ。

 間違いない、褒められ待ちである。


「そうか、よく頑張ったな」

「えへへーなの」


 頭をナデナデとしてやりながら、彼女の期待に応えてやる。


 照れたように笑ったクイナを見下ろしているうちに、残りの二体も騎士によって討伐された。


 ホッとした者、まだ不安に囁く者、逃げる時に転んで怪我をした者、ハイグールの体液を浴びてしまった騎士。

 様々な人たちの悲喜こもごもなざわめきが会場内を占める。


 改めて周りを見回すと、割れたガラスや倒れたテーブル、落ちた食事にワイングラスなど、様々なものが散乱している。


 煌びやかだった空間がまるで嘘のように荒れ果ててしまっているのを見て、俺は「片付けるの大変そうだな」などと、王城勤めの使用人たちを心中で憐れんだ。


「怪我はありませんかっ」


 バタバタと走ってきた騎士が言う。

 おそらくこの会場を警備していた騎士のうちの一人だろう。


「戦闘中の適切な指示も助かりました。今回の会場警備の責任者補佐として、皆を代表してお礼をさせてください」

「あぁいや、私たちはただの平民です。そんなに畏まる必要は」

「平民? というと、もしかして今日勲章の授与をされる予定だった」

「まぁはい」


 俺の言葉に、彼は「なるほど」と納得声を上げる。


「戦闘素人ではないなと思っていましたが、一夜にして王都に蔓延る盗賊団を壊滅させた人だという事ならば、あの手際にも納得です」

「いや本当に大したことは」

「それにしても、まさか体液に麻痺効果がある魔物がいるとは。その事にいち早く気がつき食らわずに対処するとは流石」

「いや一度食らいはしたんですが」

「え? しかしピンピンとしておられるように見えますが」

「あー……はは」


 まさか幼少期に王族の一員として毒は体に慣らしていたから影響が少なかった……とは口にできない。

 仕方がなく「体質ですかね」などという言葉でお茶を濁して「しかし」と考える。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る