第28話 突然の襲撃、思い出すのは



 周りでバタバタと人が動き始めた。

 窓の近くにいた貴族たちは皆、悲鳴を上げながら窓と距離を取り、代わりに会場警備をしていた騎士たちがそちらへと走るが、彼らは致命的な勘違いをしている。


「一体じゃない! 魔物は全部で五体いる!」


 まさかこんな場所に魔物が現れるなんて。

 何故ここにいるのか、どうやって気付かれずに街中どころか王城にまで入り込んだのか。

 そんな事を気にする暇もなく、俺はハッとして周りにも言う。


「会場から出てはいけない! 囲まれているんだ!」


 その言葉で、この会場から出ようとしていた者たちの足がピタリと止まる。


 まだ聞く耳を持ってくれていてよかった。

 でなければ、守る範囲が広がり過ぎる。

 戦い難くてたまらない。


「分かってるな、クイナ」

「うんなの! とっても敵意ビンビンなの!」


 奴らに気付いた直後から、彼らの害意が跳ねあがった。

 それをクイナも感じているようだ。

 警戒心を一層強めた様子の彼女に、俺は頷き言葉を続ける。


「アレは魔物だ。名前はハイグール。グールの上位種にあたるアンデッドなんだが、クイナ見るのは初めてか?」

「うんなの。なんかドロドロしてるの」


 見た目の事を言っているのだろう。

 しかしクイナにはそれ以上に、注意してほしい事がある。


母国の騎士団長レングラムが言っていた。アレは臭いらしい」

「分かったの! 『お鼻コーティング』!」


 チラリと彼女の顔を見れば、鼻が何か透明なもので覆われている。


 母国の友人、シンの従者・セイスドリートがクイナに教えていた魔法、水泡バブルの応用。

 嗅覚がよすぎる獣人の防衛策として、俺がクイナ仕様に改善し覚えさせた魔法だ。


 口で息をしなければならないという難点はあるものの、これでクイナも匂いのきつい相手にも、まともに力を発揮できる。


 

 ガシャァンという、音がした。

 最初に見つけたハイグールが、窓を割った音だった。


 物理的な抵抗を除去し、魔物がのそりと入ってくる。

 ムワァンと肉が臭った臭いが立ち込める中、しかめっ面の騎士たちが剣を抜く。


「あとは、持って来てるな?」

「もちろんなの!!」


 クイナが、首から掛けてドレスの下に隠していたものを引っ張り出す。


 親指の爪ほどの大きさのキューブだ。

 クイナが「魔法解除なの!」というと、それは手のひら大になる。



 魔力を流せば周りに半球状のドームを作った。


「皆、入るの! 結界なの! 中は絶対安全なの!!」


 声を張り上げたクイナに、助けを求める人たちが逃げ込んでくる。

 唯一その流れに逆らうのが俺だ。


 俺は、強く足元のカーペットを強く蹴った。

 目の前では、ハイグール相手に上手く対応できていない騎士たちが既に数人吹き飛ばされている。


 何故だろう、王城の騎士にしては動きが悪い。

 ふとそんな疑問が頭の端に浮かんだが、今はそれよりも優先すべき事がある。


 それはちょうど、最初に悲鳴を上げた令嬢を庇っていた騎士たちだ。

 何が理由かは分からないが、俺にはやつが彼女を狙っているように見えた。



 その光景を見て、思い出した。

 俺が自国の王城を追い出されてすぐの事、一人の少女が魔物に襲われていた時の事を。

 守る者もなくたった一人、逃げ疲れてへたり込んだ彼女は、魔物に淘汰されそうになっていた。

 その命と、腰を抜かせて動けないまま震える令嬢が重なった。


 必然的に、突き出した手のひらの前で練り上げた魔力が多くなった。

 

 母国の騎士団長レングラムが言っていた。


 アンデッド種の弱点は火。

 魔石は頭だ、眉間を狙え。

 じゃないと何度でも再生する。

 それがアンデッド種の面倒なところだ。


 アンデッド種と対峙した事が一度もない俺にとって、その言葉こそが今の指針だ。


「『火よ』!」


 手のひらから火の玉が発射される。

 頭を狙ったその攻撃を、ハイグールはスッと避けた。


 が、今まで騎士たちからの攻撃はすべて弾き返していたのだから、やはりレングラムの言葉は正しかったのだろう。


「奴は本能で、自分の嫌いな攻撃を避けたんだ! 火を使え!!」


 騎士たちにそう檄を飛ばしつつ、走りながら、弾き飛ばされて地に転がっていた騎士の剣を、途中で救い上げるように手にした。


 ハイグールはまだ令嬢を狙っている。

 鬼のように伸びた鋭い爪を、彼女に向かって振りかぶっている。


 その間に滑り込みながら、下から斜め上に剣を振った。

 ハイグールの腕を胴から切り離すが、よろけるように数歩下がった奴の手は既にアンデッド種お得意の再生が始まっている。


 後ろで、声もなく震える人の気配を感じてチラリと振り返る。

 

 見た感じ彼女に怪我はない。

 それでも顔に張り付いた恐怖は、彼女の気持ちを代弁するにあまりある。


「もう大丈夫。安心して。……って言っても、今はちょっと難しいかもしれないけど」

「う、うし」


 震える彼女は「後ろ」という言葉さえいうのが難しい。

 が、問題ない。


 分かっている。

 奴が再生を終え、襲い掛かってきている事は。


「『火よ』」


 刃に剣を纏わせる。

 狙うのは、最初と同様ハイグールの頭だ。


 頭に刃を打ち込めば、すぐ近くで奴の断末魔が聞こえた。

 俺はそれを敢えて無視して、もう一度ソレに『火よ』と唱える。


 燃え上がったハイグールの体は、逃げることなく灰になった。

 が、何だか手がジンジンとする。

 麻痺に似たような状態だ。


 ――そういえば、先程腕を斬り飛ばした時、少しだけ奴の体液がかかった。

 騎士たちの動きが悪かったのは、もしかしてこれを受けたせいかもしれない。


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