第32話 一方その頃、ノーラリア王城では ~第二王子視点~
「ジェンキンス、説明しろ」
「は」
王城・第二王子の執務室にて王子にそう言われた俺は、短く返事をして数歩前に出る。
俺について回るガシャンガシャンという音は、我々のトレードマークにもなっている銀色の鎧がこすれる音。
本来ならば近衛騎士が着るようなものではないのだが、齢十三歳相応の背丈と精神性を持つ
「襲撃してきたのは、ハイグールという名のアンデッド種の魔物。総勢五体。そこに記載もあります通り、討伐後に周囲の警戒を強め更なる敵の索敵も行いましたが、更なる増援や共犯者は見つかりませんでした」
大人の真似をして報告書を出させた彼が上手く読み解けずにこうして口頭で報告を上げさせるのは、最早いつもの事である。
最近は特に加速している背伸びしたい症候群も、年齢と周りに大人が多い現在の環境下であれば、きっと仕方がないのだろう。
自立心がまったくない甘ちゃんにはなっていないだけ、まだマシだと思う事にしていた。
「警備の騎士たちは、随分とてこずっていたな。もうちょっとカッコよく討伐するものだと思っていた」
「……アンデッド種は、そもそもこの辺には生息していません。その上体液に麻痺効果を持つタイプなど。城内警備は対人戦闘を想定している面もあります。イレギュラーな魔物との接敵練度が足りなかった……という事なのだと推察します」
口を尖らせながら拗ねたように言った王子だが、その実意外と痛いところをついている。
実際に、以前から「城内警備担当の騎士に如何にして実践を積ませるか」という課題は、論争の種にはなっていた。
しかし今までは「強い魔物相手に実践を積むには、少し遠くまで足を延ばさなければならない。そう何度も遠くに遠征して本来の仕事である城内警備をおろそかにするのでは本末転倒だ」という意見に押されて、彼らの実践は模擬戦と敵襲が城内に攻め込んできた時の想定訓練をするに止まっていたのである。
しかし今日のような事があった以上、おそらく状況は変わるだろう。
まぁ自分でもそして部下にも、あらゆる「いざという時」を想定した訓練をしたい・させたいと思っていた俺からすれば、その熱が城内警備の騎士だけではなく近衛にまで届けばいいなと思っているのだが。
「お前たちも、戦闘に加われば早く済んだのではないか?」
「私たちの仕事は殿下の護衛です。殿下の身が極度の危険にさらされれば敵に刃も向けますが、他に人員がいるにも拘らずわざわざ貴方の元を離れてまで敵を討伐する事はありません」
「俺の『ガッシャンコ騎士団』が華麗に敵を殲滅すれば、とても絵になると思うんだけどな」
「我々は見世物ではありません」
実際には、他国への王子の視察や式典などの時には、王族の威厳を示すための見世物になる場合もある。
が、殊実際の戦闘においては、皆の目を引き喜ばれる事が仕事ではない。
日々鍛え上げた肉体で、時には命さえ賭して王子を守る。
それが護衛騎士の為すべきたった一つの事だ。
何かにつけて俺たちを見せびらかしたい王子には、この手の苦言は聞き飽きる程聞いている筈だ。
少しムッとして「分かっている」と言う辺り、少しは指摘される事に辟易としているのかもしれないが、そもそも言い出す方が悪いし護衛騎士の威厳にも関わる。
彼が言わないようになるまで、俺は言い続ける所存である。
「その点、アレはカッコよかったな。今回の式典に呼ばれていた平民の」
「あぁ……」
式典に呼ばれていた平民と言えば、今回は一組しか存在しない。
俺も、王子が「どうしても顔が見てみたいから」と陛下を上手く説得して許可を得た後、有無を言わせぬ言葉で『必ず招待してこい』と言われ、実際に少々てこずりもしたのだから、流石に忘れられる筈などない。
あの男、街中で追いかけた時には「逃げ足の速いやつだ」と思っただけだったが、ああして実際に戦闘を見ると「なるほど、流石は一夜にして大きな盗賊団を壊滅させただけの事はある」と思えた。
俺の見立てでは、おそらくハイグールと戦ったのは初めてだったのだろう。
体液を浴びた後に麻痺毒の事に言及したり、咄嗟の時に急所である頭部ではなく、まずは脅威だった腕を切り落としたあたり、おそらくハイグールに関して確固たる討伐方法を知らなかったと思った方がしっくりと来る。
それで、あれだ。
戦闘の地力がしっかりしている。
冒険者にしては妙に洗練された剣筋も印象的だった。
総じて戦闘に危なげがなかった。
実力のほどは、たしかだろう。
「そういえば一緒にいたあの獣人、なんか妙な魔法を使ってたな。何だあれは」
そう言われ、記憶を掘り起こす。
あぁまぁたしかに、見慣れない魔法を一つ使っていた。
膜のようなもので敵の周りを覆い、中で爆発を起こす。
周りへの影響を最小限に止めるという点においてかなり有用だが、爆発に負けない強固な膜を作る必要があるとう点においては中々に器用かつそれなりの魔力を消費するのではないかと思う。
あの年頃の娘には、一日に一発が限度だろう。
そう考えるとある意味捨て身の攻撃とも言えるが、あれはおそらくあの男がいるからこその戦法だったのだろう。
まだ子どもなのだし、むしろ状況に応じて周りに頼る戦法を取れることは、集団戦において評価に値する――などと考えていた時だ。
「まぁアレは輝狐だし、妙な魔法を使うのも頷けるか」
「輝狐……というと、あの巫女家系の?」
思わずそう言葉を零すと、王子が「書いてある」と言いながら俺に一枚の紙を見せてきた。
見覚えのない書類だ。
おそらく彼が密偵か何かに調べさせた個人情報なのだろう。
耳や尻尾、人懐っこい性格から、てっきり犬系の獣人だと思っていた。
そもそも絶滅危惧指定Bに分類される種族だ、それがまさか王都の中にいるなんて。
「普通は小さなコミュニティーを作り、あまり人前に出ないものだろうに、何故」
そんな疑問が口をついて出る。
「さぁ?」と肩をすくめた王子は、その事自体に興味は無さそうだ。
しかしそれは、彼女自身、いや、輝狐という種族への興味とは別のようである。
「豊穣の神・稲荷伸の使者の末裔だとも言われる輝狐。彼らにまつわる伝説は多い」
それは俺も聞いた事がある。
流石は「神の使者の末裔」と言われているだけあり、人知を超えた、いや、魔法の及ぶところさえ超えた力を顕現させ何度も人々を救ったという話がたくさんあるのだ。
「その噂がどのくらい真実なのか、あのキツネにどの程度祖先の力が受け継がれているかは分からないが」
言いながら、王子は楽しそうに笑った。
「もしそんな事ができたらカッコいいと思うだろう?」
そんな事を聞かないでほしい。
俺は思わずそう思った。
この王子の判断基準は、いつだってカッコいいか否かなのだ。
そして自分がカッコいいと思ったものは、すぐに手元に置きたがる。
「まさかあの娘を側室にでも?」
平民だぞ、と思いながら恐る恐る尋ねると、彼は「いや」と首を横に振る。
「そういうつもりはないけどな、たまの公務とかで従者として隣に連れてれば、それってカッコいいだろう?」
「それだとあの男――アルドから引き離すおつもりで?」
「いや、あいつも連れてたらカッコいい。というか王族が冒険者を雇って隣に侍らせるなんて、そもそも奇抜でカッコいいだろ」
またこの人は、と思う。
自分があまりにも常識を逸脱している事を言っていると分かっていて、これなのだ。
まったくもう、目も当てられない。
そもそも今回の式典への参加でさえ、最初はあれほど逃げたのだ。
アルドがそう簡単に首を縦に振るとは思えないのだが。
「頼むぞ、ジェンキンス」
「……護衛任務に差し障らない範囲で尽力致します」
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