第三章:クイナに忍び寄る(?)素直めな公爵子息

第一節:戻ってきた日常

第33話 戻ってきた、いつもの生活



 日の光に促されて、俺はゆっくりと目を開けた。


 視界には見慣れた天井がある。

 目覚めたばかりのボーッとした頭で、少し考え、思い出した。


 そうだった。

 昨日は王城の式典に行ったのだと。



 隣のベッドにはまだクイナが、スピースピーと寝息を立てている。

 掛布団がはげ、自分の尻尾を抱えるように丸まっている姿が丸見えだ。


 いつもなら俺より早く起きて俺にのしかかりをかますというのに、今日はえらくグッスリだ。

 そんな感想を抱いてから「まぁそれも仕方がないか」とすぐに思い直す。



 昨日は慣れないドレスを着て馬車に揺られて王城に行き、知らない人たちの中に入っていい子にしている必要があった挙句に、魔物との交戦まであったのだ。

 精神的にも体力的にも、疲れてしまって当たり前。

 むしろ昨日、帰りの馬車でうつらうつらとしながらも眠ってしまわなかっただけ偉い。


「結局あの後片づけのための小休止の後に無事に式典が行われたのは、面倒が減って助かったけどな」


 小さくそう呟いた。



 もし「式典は別日に振替で」などという話になっていたら、最悪また行かねばならない所だった。

 

 そうでなくても咄嗟の魔物との戦闘だし人命がかかっていたとはいえ、王族もいる前で流石に目立ちすぎたかと思ったのだ。

 妙な勘繰りや打診を受ける可能性を増やしたくなかった俺たちにとって、一度で済んだ事は僥倖だ。



 と、そんな事はどうでもいい。

 一つだけになる事があるから、それについては後々に調べるとしても、だ。

 とりあえず厄介事は片付いた。


 王城のお膝下だとはいえ、平民である俺たちが今後貴族と関わる事など、もう滅多にないだろう。

 いつもの日常に戻れる。

 そう思えばホッとする一方、やりたい事ややるべき事は無数にある。


 まず手近なところでいうと、朝食を作り、クイナと食べて、それから冒険者活動だ。



 いつもはクイナと一緒に寝室を出てリビングへと向かうが、今日はもう少し寝かせておこう。


 そう思い俺は一人部屋を出た。

 ペタペタと裸足で木造の床を歩き、洗面所に行って顔を洗ってからリビングへと行き朝食の準備だ。


 今日のご飯は簡単に、買ってきたパンの上にスライスしたトマトと薄切りにしたオーク肉、買ってきたチーズを乗せたものを二人分作って、人差し指を立てて「『火よ』」と唱えた。

 指先にポッとついたろうそくの火のような熱源が灯り、パンの表面をジワジワと焼く。


 こんがりとしたキツネ色になっていくパン、溶けるチーズ、肉は焼けていいにおいを放ち、トマトは少しトロッとなった。

 その傍らでお湯を沸かして飲み物の準備をしていると、匂いにつられたのだろうか。

 寝癖をガッツリつけたクイナが、目をコシコシと擦りながらやってきた。


「おはよう、クイナ」

「んー、おはよー、なの……」


 彼女は食卓に直行し、定位置の席に腰を下ろす。


「アルド、今日はお城なの?」

「お城にはもう用事はない」

「じゃあ今日はおうちごはんと『天使のゆりかご』なの?」

「そうだな」

「ならよかったの。そっちの方がおいしいの」


 どうやらクイナには王城料理はあまり魅力的ではなかったようだ。


 まぁたしかに「うちで採れる野菜の方がおいしい」と言っていたし、王城料理は基本的に冷めてしまっている。

 俺も新鮮な食材やできたて料理の方がおいしく感じるので、クイナの意見はよく分かる。



 テーブルの上に焼けたパンを置き、沸したお湯でお茶を作る。

 早々と「いただきますなのー」と言ってから大きな口でパンにかぶりついたクイナは、まるで何かが体に染みわたっているかのようなしみじみとした声で「ぅんまいのー」と表情を緩ませた。

 おいしいのなら、何よりだ。


「今日は冒険者稼業をやって、それから夜はプリンパーティーな」


 そう言った瞬間、まだ眠そうだったクイナの目が完全に開眼した。


「プリンパーティーなの!」

「夜になったらな」

「今すぐ夜になっていいの」

「森に入ってたら夜なんてすぐだ」


 俺のその言葉に、クイナは「たしかになの」と頷いた。


 何かに集中すると時間なんてすぐに過ぎる。

 クイナもおそらく体感で、それを知っているのだろう。



 こうして俺たちのもとに、いつも通りの日常が返ってきた。


 ――そう思っていたのは俺たちだけだという事には、まったく気がつかなかった。




 朝食を済ませクイナと二人、家から出ると玄関に、何故か一本のバラが置き去りにされていた。

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