第34話 ほっぺたプクゥーッ
「それで、これがそのバラ?」
「そうなんだけど、どう?」
「うーん……分かんないなぁ」
冒険者ギルドの窓口で受ける依頼の手続きをしてもらいながら、扉の前に置いてあった一輪のバラを受付嬢のミランに見てもらった。
ギルドの受付嬢とあって近くの森で採取できるものに触れる機会が比較的多い彼女だが、やはりと言うべきだろうか、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「私、花屋の友達がいてよくお店にも行くし、街で売っているような花なら大抵知ってると思うけど、そんな花弁がフリルみたいになってるバラは、見たことないよ?」
「そうだよな」
「でも誰なんでしょうね、これを置いたの。何か心当たりとかないんですか?」
ない……という事もない。
そもそもこういった変わった品種は、自然とできたのでなければ、誰かが人工的に作ったのだ。
そしてもし人工的に作る場合、相応の技術と設備が必要になる。
魔法で作れなくもないかもしれないがこんな変わった事をしている人がいれば、やはり冒険者ギルドの情報網に引っかからないのは不自然だ。
となればこれを作れる人は限定される。
しかしできれば当たってほしくない。
ここでその心当たりを口にすると本当は交友関係を結んではないのに勘繰られてそうな気がするし、本当の事になってしまいそうな気もする。
自分から聞いておいてちょっとズルいような気もするが、どちらにしても言いたくはない。
俺が苦笑していると、おそらく何かしら察してくれたのだろう。
彼女は「それで」と話を俺の横のクイナに逸らした。
「クイナちゃんは、どうしてそんなにほっぺたプクーッになっちゃってるの?」
「バラさん拾ったら、刺ささったの」
「どうやら初めてバラを見たみたいで」
「あー、なるほど」
言いながらクイナのほっぺたを人差し指でツンとすると、プスーッと空気が抜けたのにすぐにまたプクーッとなってしまった。
たしかにあの時、止める間もなくガッツリ茎を掴んだクイナの全身の毛の逆立ちようといったらなかった。
すぐに治癒魔法はかけてやったが、記憶は残る。
よほど驚いたのだと思うし、痛かったのだろうと思う。
いじけた彼女にミランさんと顔を見合わせ、互いに「こりゃあ当分はダメだな」という意思疎通の元、苦笑する。
「はい、それでは『薬草採取』と『コモドリザード討伐』の依頼を受ける手続きは終わりましたので」
「ありがとう。あ、そうだ」
受けた依頼の控えを受け取りながら、俺は一つ彼女にお願いをする。
「見せてほしい魔物の記録があるんですが」
「どの魔物でしょう」
「ハイグールです」
おそらく冒険者ギルドにも、王城であった襲撃事件の事は通達があったのだろう。
彼女は納得したような顔で「すぐにお出しします」と言ってくれた。
やがて出てきた魔物の生体ファイルの、あるページを開いて見せてくれる。
そこにはあの時見た魔物の姿と、情報が載っていた。
それ曰く……。
グールはアンデッド種の中でも、死後に食人衝動に駆られた個体の総称で、飲まず食わずで死んだ人間が大気中の魔力によって魔物に変わった姿である。
その成り立ちが示す通り、特定の生息・発生地域などは特になく、基本的には知能は残っていない。
しかし特に飢餓衝動が強い個体や、多くの食人行為をしたグールは、ハイグールになる事がある。
ハイグールは一定の知能がある事が分かっているが、発生確率が低いため一度に複数体を見る事は滅多にない――と、書かれていた。
今まで一度も接敵した事がなかったわけである。
騎士たちがハイグールに後手に回っていたもの、接敵経験がなかったせいだと考えれば非常に納得だ。
「私も国から問い合わせがありそのページは閲覧したのですが、ハイグール、しかも複数が徒党を組んで襲撃してくる事なんて、よほどの事がない限りないですよ」
「そうみたいですね、でも」
資料には『発生確率が低いため一度に複数体を見る事は滅多にない』と書かれているにも拘らず、実際にはそれが起こり得た。
しかも徒党を組む……とまではいかないものの、つたないまでも獲物を複数体で取り囲むという協力をしていた。
それらを鑑みればあまり楽観的に考える事もできないというのが、俺の個人的見解だ。
ハイグールとはいかなくとも、グールがかなりの大量発生している可能性がある。
俺やクイナや冒険者たちは対処法さえ分かればどうにでもなるものの、この街にいるすべての人が戦闘できる訳ではない。
その事実が俺に尚の事、この件への警戒度を上げる。
――あのハイグールたちが、どこで、何故生まれたのか。
発生の可能性が低いとされているハイグールが五体も一緒にいたという事は、もしかしたらどこかでその何万倍もの人死にがある事を示しているような気がしてならない。
そんな胸騒ぎを抱きながら、俺は「とりあえずここで情報収集できるのはこのくらいか」と内心で独り言ちつつ顔を上げる。
「ありがとうございました。それでは、クエスト行ってきます」
どうせこれ以上不安がったところで、少なくとも現状ではこれ以上何も分からないのだ。
ならば頭を切り替えて、とりあえず目の前の依頼遂行第一。
そう考えて、クイナにも「行くぞ?」と声をかける。
クイナはまだ仏頂面だった。
「頑張って依頼こなさないと、プリンパーティーが延期になるかもしれないぞ?」
クイナの耳がピクリと動いた。
「……めっちゃ、頑張るの」
「よし、じゃあ行こう」
こうして俺たちは二人、いつも通り森に進行したのだった。
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