第31話 一方その頃、母国では(13) ~国民の喘ぎ~


※一部、残酷描写を連想させる内容が含まれています。

 苦手な方は、このページは読み飛ばしてください。


※上記のような話数のため、読めない人もおられるかと思いますので、します。

 読めない方は、明日をお待ちください。


※公開一週間後には、第21話部分(「章:クイナ、初パーティー!」の直前話)に位置を移動予定です。




「ねぇお母さん、お腹が減った」


 かつては領都から離れた町で、通りがかりの僕の耳に少年が母親にそう言っている声が聞こえた。


 しかし母親は「ごめんね」と言うばかり。

 それも仕方がないだろう。

 あげられる食料がないのだから、どうにかしてあげられる筈がない。



 今この町は、食糧難に喘いでいる。

 国内でここだけだというのならまだ配給があろうものだが、残念ながら国内全土が似たような状況なのだという。


 領都や王都に比べて小さいこの町の中しか知らない僕には、実際にどうなのかは分からない。

 分かるのは、今この町には食料がなく、そのせいで死者が増えているという事だけだ。



 最初は値上がりだけだった。

 それもちょっとした値上がりだったから「こんな事もあるだろうな」と誰もあまり気にしていなかった。


 しかし今までとは違い、一度上がった食料品の値段が下がる事はなかった。


 上がり続ける値段に「おかしい」と思いつつ、買わねば食べられないのだから不平を述べても買っていた。

 しかしとんでもない値段で食品が取引されるようになり、町から食品が消えてしまった。


 売れなくなったから仕入れがなくなったのではなく、そもそも仕入れようと思っても入って来なくなってしまったのだと知ったのは、僕が馴染みの店に何度目かの「早く仕入れてくれよ」という抗議をした時だった。


 最初は店の人が適当に言っているのかと思ったが、少し前よりも痩せてやつれた彼の顔とその表情を見て、すぐにそうではないと分かった。

 彼は「他の町も似たようなものなのだ」と言っていた。

 手紙を出してキャラバンを向かわせてほしいと頼んだが、持っていけるものはないのだとすべての伝手に、既に断られてしまったらしかった。



 その頃には、既にお腹が減って周りの人たちに優しくできなくなった人たちが、血で血を洗う食べ物の争奪戦や窃盗を街中で繰り広げるようにもなっていた。

 この町の治安がこれほどまでに悪くなったのは、僕が生まれてから今日までの三六年とちょっとの中で、おそらく初めてだろうと思う。



 ――何故こんな事になっているのか。


 売り物も商売をする気力も余裕もなくなった町の大通りは、最早見る影もなく廃れてしまった。

 その真ん中を、食べ物を探してトボトボと歩きながら考える。



 前にある商人が「お国の政策のせいだ」と言っていた。

 たしか「国民との約束事を国が果たさなかったせいで離農する村が増え、食糧難の今に繋がってしまっているのだ」と。


 その詳細はイマイチよく分からなかったけど、この食糧難が天災によるものでなく人災に近いものなのだという事は辛うじて理解できた。



 ひどい話だ。

 何故国はそんな事をするのだろう。


 国はこの現状を知っているのだろうか。

 知らないのなら、王都はまだたくさんの食品に溢れている場所なのだろうか。

 もしそうならば、何故こちらに食品を回してくれないのか。

 何故助けの手を差し伸べてくれないのだろうか。



 お腹が減った。

 もう一週間近く何も食べていない。


 辛うじて近くに通っている小川の水で空腹をしのいでいるが、こんな生活いつまでもは続かない。


 

 お腹が減った。

 お腹が減った。


 あぁ神よ、どうしてこんな世界にしてしまったのか。

 どうして助けてくれないのか。


 お腹が減った。

 お腹が減った。


 妬ましい。

 空腹を知らない人たちすべてが、どうしようもなく妬まし……。



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