第9話 むしろ無い方が嬉しい『借り』
「お前、街で俺達を追い回したあのフルメイルの――」
「そうだ。貴様が逃げさえしなければ、街を騒がせたと怒られる事も無かったのに」
やっぱり。
どうやらこの男、あの『重強ガッシャンコ軍団』のしつこかったアイツらしい。
しかし「俺が逃げたりしなければ」なんて、責任転嫁も良いところだ。
そもそも俺を追いかけ始める前から、お前らは十分浮いていただろ。
それだけで、既に街は騒いでいたのだ。
「もし街を騒がせない努力をするつもりがあったんなら、せめて騎乗は止めるべきだったな」
どうやら相手に殺意や害意の類は無いと感じ取ったところで、横からクイナが別のお客を連れてくる。
頼む気が無さそうな騎士が客に先を譲ったので、そちらの注文を聞き、肉を渡し、クイナに代金を受け取ってもらう。
クイナは最近お金の価値と換金を覚えた。
「いーち、にー、さーん」と貰ったお金の数を数え、お釣りを渡し、元気いっぱいに「ありがとうございますなの!」と声を上げてお客を見送る。
「美味しいの! 温かい内に食べるの!」
「えぇありがとう」
「あっ、でも熱いから気を付けるの。アルドはいっつも舌がヒリヒリしちゃうの!」
「こらクイナ、余計な事を言わなくていい」
クイナはあくまでも善意で忠告したのだろうが、恥ずかしい俺の残念を何も他人に言わなくても。
内心では「ひー、恥ずかしい!」と思いながら、苦笑しつつお客さんに「先にフーフーすれば大丈夫ですから」と言っておく。
「じゃぁ、クイナがフーフーする?」
「一体どんなサービスだ」
「いや、意外と需要が……」
「ちょっとジャスパーさん、適当な事を言わないで! クイナが本気にしちゃうから」
小首をかしげて聞いてくるクイナに隣に座る大男が思案顔で言い始めたので、彼女が真に受けない内に慌てて止めに入っておく。
ジャスパーはまだ「いやぁ、需要あると思うんだがなぁ」と言っているが、あったらあったでなんかちょっと嫌だ。
客を帰したところであの騎士が、言い訳のように口を開く。
「あれは、制服を着ていると身動きが取りにくいから」
「じゃぁあんな重装備、脱いでくれば良かったんじゃないか?」
「アレは我らの仕事着だ。仕事中に脱ぐなど言語道断だ」
なるほど、どうやら彼は融通が利かないタイプの人間らしい。
確かに先日もその手の兆候は見られたが、これはどう見ても典型的な脳筋タイプだ。
「貴様を追いかける道中での結果的な破壊、特にギルドの倉庫を踏みぬいた事については『国防の一部を担っているギルドと王族との関係を悪化させる気か!』と盛大に説教をされた」
「それは自業自得だろ」
「ふんっ、お前には分からんだろうなぁ。この年になって、しかも父子ほどもの歳が離れた相手からガチ説教を受ける、この居た堪れなさが」
「あー、まぁそれは……」
どちらかと言うと今までは説教をする側だった為「分かる」とは言わないが、想像できる絵面は確かに情けない。
ちょっと同情しかけたが、そんな気まずさを彼は上手く吹き飛ばしてくれる。
「お前が屋根に上らなければ。そうすればあの屋根を踏みぬく事にはならなかったし、いずれ我らも追いつけた」
「いや何でだよ、嫌だよあんなのに捕まるのなんて」
あー、こういうタイプって言動は比較的読みやすいけど、地味の周りへの配慮に欠けるやつが多いんだよなぁ。
だから扱いやすいかって言われると、一概にそうとは言えない。
実際にコイツ、街を騒がせた原因は俺達との追いかけっこにだけ原因があると思っているんだろうけど、実際には上から目線で街中を闊歩する事で異様さと威圧感を振りまいていた。
それをきっと分かっていない。
「そもそも何で追いかけて来たんだ」
「『お前を探して連れてこい』と、殿下からのお達しだった。お前は王城に招待された事を誇り、大人しくしているべきだったんだ。そしたら殿下の執事がわざわざ招待状を持って家にまでいく羽目にもならずに済んだのに」
「何言ってんだ。招待っていうよりも、連行っていう感じだっただろアレは」
思わずジト目を向けて言えば、騎士がすぐさまキョトン顔になった。
「え、何故?」
「いやいやいや」
え、もしかして本気で首を傾げてる?
あんな強引な手段に出ておいて?
いやでも全く「嘘をついている」感じはしない。
っていうか、こんなゴリゴリの大の男が小首を傾げてみせた所で全く可愛くはないから、止めた方がいいんじゃないだろうか……なんて思っていたら、何だろう。
何かすっごく視線を感じる。
「……何?」
「いや、貴様……どこかで会った事があるか?」
「えっいや、気のせいだろ多分」
多分会った事はある。
俺は王太子で彼が騎士・王族付きの団長ならば、会話こそ無くともどこかで鉢合わせた事はある筈だ。
が、素性を知られたくない今の俺にとっては、ただの鬼門。
思い出してほしくない。
サッと猫を被ってすっとぼければ、訝し気な顔をしつつも結局「まぁいい」と思考を捨てて言う。
「この借りは、きっとどこかで返してやる」
「嫌だよ要らない、忘れてくれ」
逆恨みも良いところな宣戦布告をされてしまって、思わず顔を曇らせた。
そろそろ帰っていただきたい。
せっかく楽しく店番をしているんだから。
「それで、注文は?」
注文が無いんなら帰ってくれ。
遠回しにそう言ったつもりだった。
しかし彼は、どこまでも脊椎反射で生きてるようだ。
「あっ、じゃぁそのバーベキューソースっていうヤツを……」
脊椎反射で、彼は素直に客になった。
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