第二章:王城パーティー、強制参加

第一節:腰は重い

第8話 6つ目の『やりたかった事』で息抜き……してたのに?!



 断るに断れない招待状を受け取ってしまった俺は、最早ため息しか出ない。


 しかし俺がどれだけため息を吐こうとも、明日は来るしクイナは元気だ。


「いらっしゃいませなのー! お肉美味しいのーっ!!」


 今日は、ひょんな事から懇意にしている串焼き屋の店番を手伝っている。

 俺は焼く役、クイナは呼び込み。

 立派な役割分担だ。


 エプロンを着て道行く人に声を掛けるクイナは、いつもの如く楽しそうである。


 子供用が無かったのと、クイナが「アルドとお揃いが良いの!」というので仕方がなく、彼女は今着ているエプロンは大人用。

 長い分だけたくし上げてクリップでパチパチパチッと止めているお陰で裾を引きずる様な事はないが、それでも周りが彼女を見る目は「大人用エプロンを着た店番のお手伝いの子供」である。

 道行く人は皆微笑まし気にクイナの事を見ているし、たまに通る顔見知り達は。


「お、嬢ちゃん偉い気合入ってるなぁ!」

「そうなの!」

「クイナちゃん、似合ってるわよ」

「えへへっ、なの!」


 という具合に、クイナの性格をよく心得た声かけをしてくれる。

 お陰でとっても上機嫌だ。


「悪いなぁ、手伝ってもらって」


 隣から掛かる申し訳なさげな声に「いつもお世話になってるんですから」と答えながら振り返る。


 日に焼けた黒い肌にスキンヘッド、頬には薄っすらうろこの様な模様が浮き出ているゴリマッチョが、近くに寄せた木箱に座って眉尻を下げていた。

 彼はこの出店・串焼き屋の店主、ジャスバー。

 竜人族と人族のハーフで体も種族的には頑丈……の筈なのだが、今日は足に包帯がグルグル巻きにされている。


「俺がうっかり足なんて痛めちまわなけりゃぁ……」

「仕方が無いですよ、貰い事故だったんですし」


 今日、クイナと二人冒険者業の前に串焼き屋に寄ったところで、彼の足の包帯に気が付いた。

 話を聞けば、どうやら先日クイナが恋のキューピットをした相手とのデート中に近くにあった馬車が暴走したらしい。

 彼は恋人を庇い、馬車に足を引かれたのだとか。

 男の勲章とも言えるケガである。


「でも正直言って、助かったよ。肉には賞味期限があるし、売れなけりゃぁそれだけ赤字になる。とはいえ意外に足が痛くて立ちっぱなしは難しそうだし、途方に暮れていたところだ」

「竜人の血を過大評価し過ぎですよ」

「あぁそうだな。半分しか入っていないんだし。でもまぁ明日にはくっつくって事だからな、その血のお陰で」


 どうやら治療院で、そういう診断を受けたらしい。

 綺麗にポッキリ行っていた事と、彼の言葉の通り竜人の治癒能力が幸いした結果なのだと、最初に足の包帯について聞いた時に行っていた。


 一応そこで「魔法で治そうか」とも言われたらしいのだが、治療費が高いので断ったとの事。

 ならばと俺がポーションを渡そうとしたら今度は、目をひん剥いて拒否された。

 今日一日凌げれば、明日からは大丈夫だからと彼が言ったところでクイナが「今日は店番するの!」と言ったのだ。


 確かに冒険者業に行く途中だったが、幸いにも納品期限までにはまだ数日ある。

 今日一日潰れたくらいでどうという事はない。

 どちらにしても、悩み事がある時は忙しくしていた方が、気もまぎれる。

 だから今日一日だけ、バイト代を貰っての臨時店番というわけだ。


 が、呼び込みだけのクイナと違って、俺の方は肉を焼かなければならない。

 それをジャスパーがこうして、横で監督してくれているのだ。

 


 手元がジュウと音を立て、ジャスパーが「あ、そっち、ひっくり返してくれ」と指示を出す。

 素直に従いひっくり返すと、炭火焼の網の上で良い焼き色の付いた肉が、染み出る肉汁をぷつぷつと煮立たせ良い香りを運んでくれた。


 ――あぁ良いなぁ、やっぱりこういうの。

 

 心の中でしみじみと思う。

 というのも実は王太子時代から、こういう屋台の店番というのを一度はやってみたかったのだ。

 もちろん一国の王子が出来る事ではなくてやらせてもらえる機会なんて皆無だったが、それが今、イレギュラーだとはいえ夢が叶った形である。


 たった一日、プロの監督の下のお手伝いではあるが、店番には変わりないよな。

 ジュージューと良い音を立てている肉を前にニヤニヤが止まらなくなってきて、ジャスパーから「アルドさん、そんなに楽しいのか?」と不思議そうな顔で尋ねられた。


「一度やってみたかったんですよ、店番って」


 裏事情を言う訳にはいかないから端的に彼に答えれば、これまた不思議そうな顔で「変わってるなぁ」と言われてしまった。

 

「熱い火の前で立ちっぱなしの仕事なのになぁ」


 それについては密かに『付与エンチャント、熱耐性』と『身体強化』を併用して疲労防止措置を取っている。

 しかし確かにそれが出来ない層にとっては、この仕事は一つの修行の様な辛さがあるのかもしれない。


 それでも楽しい事だってある。


「アルドーッ! お客さん捕獲なの!」

「あ、いらっしゃい。どれにします?」


 モフモフ尻尾をゆるんゆるんと振りながら、ニッコニコ顔のクイナが男の人を連れてきた。

 クイナのお陰か、隣でジャスパーが「今日は大繁盛だなぁ」などと言っている。

 

 すぐ隣にメニューの看板が立っている。

 客はそれを見て注文するのだが、中には「おすすめは?」と聞いてくる客も居るので気は抜けない。


 さっきは元祖のソースのヤツをオススメしたが、毎回それじゃぁあまり芸がないだろうか。

 聞かれた時の答えを用意しながら、笑顔でお客さんにそう尋ねた……のだが。


「……ん? お客さん?」


 何だろう。

 屋台越しを隔てたすぐ向こう側に立った彼は、無言。

 険しい目で俺を見てくる。


 っていうかこの人、でっかいな。

 背もだけど、鍛えているのが一目瞭然。

 凄い筋肉が付いている。

 不思議なのは、こんなに鍛えている風なのにただの町人ルックな事だ。


 冒険者という人種は大体、普段着から冒険者と一目で分かる服を着ている事が多い。

 特別な日には余所行きを着る事もあるが、少なくともそういう服装ではない。


 

 何だろう。

 なんかすごく嫌な予感が――。


「貴様、先日はよくも逃げてくれたな」


 あれ?

 どこかで聞いた事がある声の様な気がする。

 しかし見覚えは無い。


「貴様のせいで、俺は殿下に怒られた」


 ん? 殿下……?

 ちょっと待て、コイツもしかして。


 

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