第10話 二人でプリン、いっぱい食べるのっ!


「うーん……」


 夜。

 家のソファーに沈みながら、俺は小さく唸っていた。


 せっかく仕事をして忘れようとしていたところに、昼間のあの騎士の登場だ。

 結局一日悶々と考えながら肉を焼く羽目になってしまった。



 いやまぁ楽しかったのは楽しかったのだ。

 肉を焼くスキルを少なからずジャスパーから教えてもらえたし、クイナによる客寄せも、途中で握らせたサンプル商品をガッツリとつまみ食いしていたが、美味しそうに食べる様を見て客がドバッと増えたりもして、これまた忙しくも楽しかった。


 実際に『やりたかった事』を満喫自体は出来たと思う。

 しかしどうしても元の問題がチラついて、その楽しさに集中できなかったというのも一つの事実だ。

 

 今度また、何の憂いも無く手伝わせてもらえる機会があれば、是非もう一度チャレンジしよう……などと思いつつ、深いため息を吐いた。

 するとちょうど、クイナが「アルドーッ!!」と走って来る。


「おー、クイナ。お風呂入ったか?」

「うんなのーっ! 乾かすのを所望するのーっ!!」

「はいはい」


 いつものようにソファーに座る俺の前にチョンと座ったクイナは、一応手折るドライはしてきているものの、まだ耳を含めた頭も尻尾も濡れて若干シュンとしている。

 それを火と風の複合魔法・ドライヤーで乾かしてやるのが俺の役目だ。


 まずは頭。

 手元で魔力を練り、熱量を調整しながら風を当てる。

 何度か乾かして気付いたのだが、一瞬で乾かすとどうやら熱量が高すぎるらしく毛並みがツヤツヤしない。

 やはり時間をかけるだけの価値があると思って、手を掛けてクイナの毛並みメンテに臨む。

 

 髪は根元から下に流す感じで。

 耳は軽く当てる程度に。

 途中からは熱気を弱めて冷風で乾かすとふんわりとする。

 時に頭をワシワシとしたり手櫛で溶かしたりしながらやると、クイナが気持ち良さそうに目を細めるのが分かった。


「痒いところはありませんかー?」

「ありませんなのー」


 そんなやりとりをしながら髪の毛を乾かすと、次は尻尾。

 こちらは尻尾用ブラシを使って乾かす。 


 お尻の根元の方から順に乾かしていって、尻尾の中盤辺りまでが見事なモフモフ尻尾になった辺りで、不意にクイナから「ねぇアルド」と声をかけらえた。


「どうした? 痒い所あった?」

「そうじゃないの。アルドのお悩みについてなの」


 思わずドキッとする。


 クイナには何も話していない。

 招待状の件も、あのフルメイル騎士の事も、そして俺の正体も。

 何も言っていない筈なのに、見透かされたような気になって密かに一人動揺する。


「クイナには、アルドが何を悩んでるか分からないの。でも、アルドが悩んで難しい顔をしてるのは良くないの。こう……目と目の間がギューってなってるの、なんかちょっとしんどそうなの」


 言いながら、クイナは眉間を両手の人差し指で左右からギュッと押して、人工的に皺を作る。

 

 これでも一応平静を装っていた筈なのだが、どうやらクイナには色々と見られていたらしい。

 そうと気付いて、脇の甘い自分に苦笑した。


「大したことじゃない。大した事じゃないんだけど……なぁクイナ?」

「何、なの?」

「クイナはこの街好きか?」

「もちろんなの! 大好きなの!! 美味しいし楽しいの!!!」

「そっか、そうだよなぁ」


 こう答えるのは分かっていた。

 だからこそ、悩んでいるのだ。

 ここに居るなら今回の招待、受けるか丁重に断るかの二択になる。

 ただし今回、後者はほぼほぼ不可能。

 そんな事は分かっている。


 となれば、必然的に『正体がバレないように、引き受けて、なるべく大人しくこなす』という選択肢しかない訳で。


「うぅーん……なぁクイナ」

「何、なの?」

「例えばやりたくない事があるとする。絶対にやらなくっちゃいけないんだけど、俺、どうしたらいいかな……?」


 我ながら、中身のない相談だ。

 一体どう答えろというのか、聞いた俺でさえ全く分からない。

 多分俺、ただ単に背中を押してほしいだけなんだと思う。

 なんて女々しいんだろうなとは思うけど。


「ご褒美を用意すればいいの! そうしたらきっと頑張れるの! クイナも一緒に頑張るから、終わった一緒にプリンいっぱい食べるの!! それで全部解決なのっ!」


 俺の問いに、クイナはもしかしたら、少なからず頼られた事が嬉しかったのかもしれない。

 フンスと鼻息を荒くしながら即答した。


 

 人を励ますついでに『終わった一緒にプリンいっぱい食べるの』と、サラッと実利も得てしまおうとしている所が、ちゃっかりとしててクイナらしい。

 そしてその利が大好物のデザートだという所も、案外安上がりで可愛いおねだりだ。


「そうだなぁ。じゃぁ一緒に頑張るかー」


 ため息交じりに、敢えて明るい声を発する。

 何だろう。

 お陰でスッキリ吹っ切れた。



 そうだよな、逃げるのもずっと悶々と悩んでいるのも、俺の性に合っていない。

 こうなったら出るしかないんだから、とっとと準備に取り掛かるべきだ。



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