第48話 マーゼルの意思



 冗談かとも思ったのだが、こちらを真っ直ぐ見るマーゼル様の目が、そして何より俺の恩恵『調停者』が、彼のまっすぐな気持ちを伝えてきている。

 うーん、嘘ではないらしい。


「何故急に、そんな事を?」


 これでも大人だ。

 子ども相手に、流石に取り乱せはしない。


 落ち着いた声で聞き返せば、彼はグッとこぶしを握って力説する。


「うちの執事は、まったく当てにならなかった!」

「ぼ、坊ちゃま……」

「でもお前は凄かった!」

「ちょ、執事が」


 可哀想に。

 マーゼル様の一言で泣きそうになっている。


 しかし彼は、、まったくもって気にしていない。

 というか気付いていないのだろうか、お構いなしに「それに!」と言って立ち上がる。


「クイナはお前の事が大好きだ! お前の事を信頼していて、カッコいいって思ってる! 俺もカッコいいと思われたい!!」

「いやまぁたしかに、嫌われてはいないとは思うけど……。えっととりあえず、マーゼル様はクイナのために俺に習おうと?」

「あぁ! 俺を強くしてくれ!!」


 強く……というと、剣や魔法という事だろうか。

 うーん……。

 見る限り、魔力量はかなり少ない。

 あまり大仰な魔法は使えそうにない。


「ちなみに魔法はほぼ使えない! 恩恵も、俺が持ってるのは『緑の手』だけだ!」


 緑の手とは、植物を育てる事に力を発揮する恩恵だ。

 そういえば彼は玄関に置いていたバラを「自分で育てた」と言っていた。

 なるほど、恩恵で育てたのか。

 それならエルフが喜ぶような特殊なものを咲かされられたのも、頷ける。


 しかし『緑の手』とはまた……『採集』と同じく、クイナの『豊穣』の下位互換だ。

 クイナに勝てる道が遠のいたな。

 ……まぁこれは別に言わなくてもいいか。


「となれば剣の訓練をする事になりそうですが、公爵子息なら教師がついているのでは?」


 たしかシンがそうだった。

 王城に来た時には早々にレングラムの訓練をギブアップしたけど、家に帰ると定期的に剣の練習はしないといけないのだと、ものすごく嘆いていたのである。


 国は違っても、どの国もたいてい貴族は似たような境遇なのではないだろうか。

 そう思って質問したのだが、どうやら合っていたらしい。

 が。


「やりたくなくて、剣の教師は追放した」

「あー……」

「でもやりたいんだ! 今は頑張れる!!」


 その言葉に嘘はない。

 そう俺の恩恵が告げている。


 どうやらクイナの効果はかなり凄まじいらしい。

 いやそれは、もう既に分かっていた事だけど。



 凄いよな、と純粋に思う。

 一人の女の子を好きになる事でここまでアグレッシブになれるのは、ある意味才能だと思う。


 うーん、まぁ、魔力もゼロってわけじゃないし。

 

 教師を追放したのなら、おそらく碌な訓練は受けていない。

 基礎からやる必要があるが、変な癖もついていない分教えやすくもあるかもしれない。



 相手は貴族だ。

 最初は自分やクイナの周りにこの国の貴族がいる状況を歓迎していなかった。


 しかし――これは完全に不可抗力だが――彼がクイナの事を知るためについてきた今日一日で、俺には何だか彼の事を憎み切れなくなってしまった。


 この分だと、どうせ彼は明日以降もクイナの日常についてくるだろうし、そもそも彼女の日常を知る努力をしてみてはと言ったのは俺だ。

 今後もついてくるのなら、おそらくまた森に入るだろうし、それなら少しは自衛できるようにしておいてもらった方が、俺としても少しは楽ができる。


「頼む! 先生!!」


 ……いや、まぁそれもあるけど、違うか。

 俺は自らに苦笑する。


 色々と理由を並べても、結局のところ俺は彼の『先生』という呼び方に心惹かれてしまっているのである。


 俺には師と呼べるレングラムがいるけど、自分がそう呼ばれた事はない。

 クイナにはちょっとだけ魔法を教えたけど、別に師弟というほどの事は教えていない。

 どちらかといえば保護者の気持ちで接しているから、あまり像いう感じではないのだ。


 まぁそもそも俺が誰かに教えられる事なんて早々ないんだし、呼ばれる機会がないのは当然と言えば当然なんだが、だからこそこれはある意味チャンスでもある。



 クイナがマリアさんの特別訓練を受けている時間は、見学してるか一人でギルドの依頼を受けるかしようかなと思っていたんだけど……。


「まぁクイナの訓練時間くらいなら、教えるのはアリかな」

「本当か!」


 パァーッと表情を明るくした彼に「他の時間はこっちの生活を優先させてもらうけどいいのか」と尋ねる。


 彼は「もちろんだ!」と胸を張り、そして俺にこう言った。


「じゃあ剣をあつらえる所から付き合ってくれ!」

「ちなみに訓練用の剣は?」

「もちろん捨てた!!」


 おぉ……前途多難である。

 胸を張っている場合ではない。




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