追放殿下は隣国で、じきに素性がバレちゃいます？！ ～国の未来はもう背負わない。だってただの冒険者だし～

第47話 髪の毛ぴょんぴょん

　ここは洞窟の中だ。

　あまり大きな魔法を使うとうっかり生き埋めになる可能性がある。

　それを避けるためには基本的に取れるのは物理攻撃のみで、だからこそ物量に物を言わせ冒険者の体力を削っていくこの蝙蝠のような敵は敬遠される。

　それに加えて、敵が帯電――つまり、接触すると痺れる体質になったとなれば、ある意味最悪の組み合わせと言っていい。

　苦戦を強いられるのは想像に容易かった。

　幸いだったのは、案の定、蝙蝠たち一匹一匹にそれ程の強さはない事だ。

　唯一問題となる、帯電しているが故の、切り伏せる瞬間に電撃攻撃を自ずと受ける事になってしまう件に関しては。

「ビリビリ、効かないの！」

　蝙蝠たちを切り伏せる俺に、クイナが後ろから応援じみた声を上げる。

　執事は目を丸くしているし、マーゼル様が小さな声で「すげ……」と言っているが、そんなにすごい事はしていない。

　俺はただ、剣に伝わる電撃が自分のところに届くまでに、無害なレベルまで放電しているだけだ。

　簡単に言えば、剣の刃の部分の成分を変えただけ。

　土属性魔法『物質変換（マテリアル・トランスフォーム）』。

　この魔法で、鉄を放電金属（ゲルマニウム）へ。

　この金属の弱点は衝撃に弱い事なので、刃の周りに衝撃軽減の魔法を、刃自体には強化魔法を、それぞれかけての運用だ。

　こういう小細工は正直言って、あまり魔法効率がよくない。

　魔法には魔力と集中力を使うが、これらの魔法は必要な集中力に対し、相手を倒す威力が出ない。

　しかし同行者がいる今、最も安全に電撃に対抗するために必要な措置だ。

　両方とも、緻密な魔力操作が必要なだけで、魔力そのものを大量に消費する類の魔法ではない事も、ある意味幸運と言える。

　このくらいの苦労は惜しまない。

　――しかし。

　レングラムに鍛えられた剣だ、これくらいで音を上げる事こそないが、体を動かせばそれなりの疲労は溜まる。

　とりあえず大軍をすべて切り伏せ、俺はふぅと息をついて、後ろに庇っていた同行者たちの方を振り向き。

「アルド、髪の毛ぴょんぴょんなの！」

「え？」

　言われている事の意味がよく分からなくて、反射的に髪を触る。

　元々俺の毛はネコッ毛なので、基本的には髪型も骨格に沿っている筈なのだが、たしかに毛先が外はねしている。

　ケタケタと笑い出したクイナに、俺は苦い気持ちになりながら「『水よ』」と唱え、目の前に水玉を作る。

　宙に浮かぶ湖面に映った自分の姿に、俺は思わず苦笑いした。

　そこにいたのは、たしかにクイナが言う通り、毛先がぴょんぴょんと遊びまくった、それこそ寝癖がついてしまったような大惨事な髪の毛になった自分である。

　撫でつけてみるが、あまり意味をなさない。

　すぐにぴょこんと元に戻り、それがまたクイナの笑いのツボを刺激したようで、楽しげに爆笑している。

　……いやまぁ、楽しそうなのは何よりだけど。

「クイナー、笑ってばかりいないでとりあえず蝙蝠たちを回収だ」

「はーいなのー！」

　笑いながらも、クイナがタタタッとやってくる。

「この魔物も、ギルドに持っていくとお金になるの？」

「あぁ。ここに来る前に一応洞窟内に生息している魔物について調べておいたけど、この蝙蝠は目玉と羽と尻尾に、それぞれ生薬としての需要があるらしい？」

「うん、なの？」

「つまり、だ。お金になる」

　よく分かっていない様子のクイナに分かりやすく答えをやると、彼女は俄然上機嫌になる。

「収穫たくさんなの！　今日の晩御飯は『天使のゆりかご』で豪華セットなの！！」

「豪華セット……かどうかは置いといて、そうだな。今日はゆりかごに行くか」

「やったーなの！」

　そんなやり取りをしながら、二人で地面に落ちている蝙蝠をマジックバッグにポイポイと入れていく。

　二人とも慣れたもので、すぐに作業を終え、同行者たちを振り返った。

　彼らに怪我はないだろう。

　が、何故か先程からこちらをボーッと見ているだけで動かない。

「じゃあ鉱石を取りに進みましょう」

　執事の方は、自分の犯した失態とそれが解決した事にホッとし放心しているように見えた。

　対してマーゼル様の方は、何故かキラキラとした眼差しを感じるのだが、何故だろう。

　首を傾げながらもとりあえずその件は横に置き、俺たちは洞窟の奥で目的の鉱石を手に入れた。

　それから冒険者ギルドに戻り、依頼の達成と報告を済ませ、報酬を受け取って『天使のゆりかご』へ。

　彼らもついてくるというので一緒に連れてきたのだが、ここで驚くべきことを言われた。

「俺の『先生』になってくれ！」

「は？」

　注文した焼き立ての肉を口に運ぶ直前に言われた事もあり、大口を開けたままの口から、思わず気の抜けた声が出た。

　そんな事を言ってきたのは、もちろんマーゼル様である。

　今日の朝まであれほど俺に敵意むき出しだったのに、どうした。

　というか何で、貴族が一介の冒険者にそんな事を頼む。

　そもそも何の先生だ。

　色々な疑問が脳内を錯綜した。