第四節:公爵子息の、『クイナの日常』体験② アルド尊敬される編

第46話 初めての場所、初めての魔物、良かれと思って

 


 皆で美味しくスライムゼリーを食した後、片付け終えた俺はクイナにこう告げた。


「お菓子作りの間にもクイナが黙々と薬草採集をしてくれてたお陰で、こっちの依頼ノルマは楽々達成。っていう事で、もう一つの方をやりに行くぞー」

「魔物を倒すの?」

「いや、今回は鉱物採取だ」

「鉱物、なの??」


 聞き馴染みのない言葉に思わず小首を傾げたクイナに、俺は「あぁ」と軽く頷く。


「特殊な石を持って帰る。それがもう一つの依頼だ。問題なのは、その石が取れる場所っていうのが、ちょっと森の奥の方って事。つまり」

「初めての場所、なの?!」

「そういう事」


 俺の言葉に、クイナのモフモフな耳と尻尾がピピンと上がる。

 爛々と輝く薄紫色の瞳は、未知を楽しみにしている目だ。

 クイナは冒険者の醍醐味を、とてもよく理解し好いている。



 ギルドの受付でミランからは「それ程急ぐ案件ではないから、後日マーゼル様たちがいない時にやってもいい」と言ってくれたけど、どの辺か、どういう脅威があるのかくらい、予習しておいてもいいだろう。

 行ってみて、手に負えなさそうな魔物がいたら、また後日に改めればいい。

 そのためにも。


「クイナには、あの魔道具を使って『守りの要』の役割をしてもらいたい」

「要……なの?」

「そう。一番重要で一番強くあることが要求される役割だ」


 嘘は言っていない。

 実際に魔道具の扱いは、魔力量の多いクイナの方が俺よりもより持続的に扱える。

 もちろんクイナが怪我をしないため、そもそも何かイレギュラーがあった時にマーゼル様たちを守る役割が必要だからという理由もあるが、適材適所的には一つも嘘はついていない。


「分かったの! クイナ頑張るの!! 任せるのっ!!」


 ムンッと胸を張ってそう言った彼女の頭を撫でると、嬉しそうにクイナが笑う。

 後ろからマーゼル様の羨ましげな目が突き刺さってきたが、気付いていないふりを貫く。


「で、お二人はどうしますか?」


 一応後ろにそう聞いてみれば、マーゼル様が「もちろん行く!」と即答した。

 分かりましたと了承し、依頼書の地図に示されていた場所に向かって歩き出す。

 



 狙いの鉱石があると言われている場所は、森の奥の洞窟の中だ。

 洞窟の入り口までに数匹の魔物に会ったものの、サクッと倒してバッグに収納し、特に足止めもくらう事なく来れた。


 オーク肉とリザード肉が手に入ったので、クイナが「今日の晩御飯なのーっ!」と大いに喜んでいた。

 お陰でルンルンと機嫌よさげなので、俺としてもありがたい。


「お、おい、こんな暗いところに入るのか……?」


 マーゼル様が、目の前にポッカリと口を開けている洞窟を見て、そう聞いてくる。


 周りに『探索せよサーチ』の魔法をかけてみたが、反応は小さいものばかりだ。

 これなら二人を連れて入っても、特に問題はないだろう。

 何かあっても、クイナが持っている魔道具で守れる。


「大丈夫ですよ」


 そう言って、俺は『火よ』と魔法を詠唱する。


 空中に三つ、火の玉が浮かんだ。

 これを光源に先に進む。

 洞窟探索も、一度師であるレングラムとしたことがある。

 何に気を付けるべきか、一通りの知識と経験はある。


「さぁ行きましょう」

「えー……」


 弱々しい拒絶の声が聞こえたが、気にせず一歩歩き出す。


「早く行くの。アルドについていった方が安全だし、アルドが『大丈夫』だって言ったら絶対に大丈夫なの」


 二人の素人を挟む形で最後尾についているクイナが、そんな言葉で彼らを促す。


 マーゼル様も、クイナからそう言われてしまったら、怖気づいている訳にはいかなかったのだろう。

 消極的な足音が、後ろからおずおずとついてくる。


「ク、クイナは暗いの、怖くないのか」

「別に怖くないの。アルドがいるの」

「そんなにこの男を信頼してるのか。この男は、お前にとって何なんだ? 見た感じ、血のつながりはなさそうだが」

「アルドはアルドなの。それ以外の何物でもないの。アルドの『大丈夫』は魔法なの。いつも必ず助けてくれるの」

「庇護者っていう事か……?」

「色んな事を知ってて、クイナと一緒にご飯も食べてくれるし、クイナの毛並みもツヤツヤにしてくれるの。アルドのブラシがけは最高なの」

「えっと、身の回りの世話役?」


 マーゼル様とクイナのそんな会話が、洞窟の中に控え目に反響している。


 最初と比べると、彼に対するクイナの態度も随分と軟化した。

 できればクイナと貴族を関わらせたくはなかったが、どうせ関わらなければならないんなら、仲がいいに越した事はない。


 正直ちょっと、安心した。

 普通にしていればうまくやれそうだ。

 ……でもだからって、嫁に出すとかはないけどな。



 そんな事を考えていた時だった。

 『探索せよサーチ』に複数の魔物の反応が引っかかる。


 一つ一つはそれ程大きな反応ではない。

 しかし問題は、数だ。


「クイナ、一応準備を――」


 言いながら、俺は俺で魔法の準備をする。


 洞窟では、火魔法を使い過ぎると酸素が薄くなる可能性がある。

 土魔法は、下手をしたら洞窟が崩れる可能性がある。

 使うのは、なるべく水魔法。

 そう思っていたのだが、魔物の姿を視認した瞬間、俺はすぐに魔法の選択肢を捨てた。


 代わりに剣を抜き、体の前で構え――。


「マーゼル様、お下がりください!」


 後ろからした男性の声は、おそらく執事のものだろう。

 もしかしたらスライムの時にはとっさに彼を庇えなかったから、今度こそはと思っていたのかもしれない。

 が。


「『電球エレクトボール』!!」

「あっ、ちょっと――」


 俺が振り向いた瞬間に、執事が雷の魔法を放った。

 『電球エレクトボール』はいわゆる初級魔法で、威力は弱い。

 が、「効かないから要らない、ちょっと待って」という意味ではなく。



 彼の手から放たれた雷の球は、そのまままっすぐ標的の魔物――目が真っ赤の蝙蝠の大群めがけて飛んでいく。

 そして。


 パカッと開いた一匹の口の中に、吸い込まれて呑み込まれた。

 シュポンッという軽い音が、洞窟内に小さく鳴る。

 そして次の瞬間、その蝙蝠は帯電した。


 魔物の名は、スティールバット。

 魔法を呑み込みその特性を身につけるという、地味に厄介な魔物である。



「な、なんか強そうになったのーっ!」

「なっ! おいお前、何してるんだ!」

「いえ、私は!!」


 何故か嬉しそうなクイナに、焦るマーゼル様。

 そしてオロオロする執事。

 

 俺は地を蹴り、わらわらと居る蝙蝠たちに切りかかる。




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