第45話 手作りゼリープレゼント作戦



「ほ、本当にこれを刻むのか……?」


 どうにかまな板の上にスライムの成れの果てを置いたマーゼル様が、包丁を片手にこちらを見上げてくる。

 プルプルと震える手……どころか、体。

 何だか子どもを虐めているような気持ちになってきてしまうが、そんな意図はもちろんない。


「えぇそうですよ」

「いきなり飛び掛かってきたりしないだろうな……」

「しませんよ。洗ってる間もまったく動かなかったでしょ?」


 疑わしげな目で言ってくる彼にそう答えるも、まだ疑いは晴れないようだ。

 いや、疑いというよりは躊躇だろうか。

 どちらにしろ、手が動かない。


「別に強制じゃありませんから、無理そうならそんな頑張らなくてもいいですよ」


 俺がそう言うと、彼はこう聞いてきた。


「……ちなみに、クイナは」

「勿論できます」

「じゃあやる!!」


 半ばやけくそ気味に空にそう叫んだ彼は、ついに件のプルルンボディーに刃を入れて――。


「あれ、全然動かない」


 ボディーを真っ二つにしたところで、目をパチクリしながらしげしげと手元を見ている。


「だからそう言ったでしょう?」

「でもちょっと、独特なこの感触が」

「ちょっとツルッとしていますから、手元が滑らないようにだけ気を付けてくださいね? 危ないですから」


 慎重ではあるが懸命な手つきを見ながら俺がそう助言すると、彼は「う、うむ」と言いながら素直に忠告に従う。


 少しくらいの切り傷くらいなら魔法ですぐに塞げるものの、切った瞬間の痛みをどうにかしてやる事まではできない。

 怪我なんて、どちらにしろしない方がいいのである。

 まぁ怪我をしたからこそ学べる物事というのも少なからず存在はするだろうから、怪我そのものを否定するわけではないが。



 マーゼル様は慣れない手つきながらもどうにか頑張り、執事もオロオロとしながらそれを見守り、幾らかの時間を要した後にやっとちょっぴり不格好な蜜がけスライムゼリーが完成した。


 躊躇する様子を見せた彼の背を軽く押してやると、彼は未だに背を向けてしゃがんでいるクイナのところへ歩いていき。


「お、おい」

「何、なの」

「さっきは悪かったよ。まさか食べるとは思わなかったし」

「……」


 クイナが答えないのも珍しい。


 というかマーゼル様、そんな言い訳をしても仕方がないだろ。

 さっさとその手の物を渡せばいいのに。

 そう思っていると、ハッとした彼が取り繕うように、彼女の前にズイッと皿を突き出した。


「食え!」

「……」


 言い方、もうちょっとどうにかならない?


「……いつもの蜜かけたやつ、なの?」


 彼女の問いに、マーゼル様がグルンと顔をこちらに向けた。

 その表情が「そうだよな?!」と、無言のままに物語っている。


 祈りのようなその圧に俺が素直に頷くと、彼は得意げな声で言い返す。


「食べてみれば分かる!」


 だからこの子、何でこんなに上から目線なんだろう。

 さっきまでものすごく凹んでたり怖がってたり、そういう一部始終なんて、ちょっと距離があるだけじゃ獣耳のクイナに聞こえてない筈がないのに、ちょっと意地っ張りなのがたまに瑕か。


「……食べ物に、罪はないの」


 お、受け取った。


 スプーンでプルンとスライムゼリーを掬い、パクッと一口。

 モグモグとする彼女の後ろで、マーゼル様がソワソワとする。


「ど、どうだ、美味しいか……?」

「美味しいの。いつもの蜜とゼリーの味なの」

「そうか!!」


 と言われてしまっていたが、どうやら彼には「美味しい」という言葉しか聞こえていないのだろう。

 目に見えて表情を華やがせる。


 無邪気に喜ぶ彼の姿と、モグモグとゼリーを食べ続けるクイナ。

 塩対応のクイナがちょっとマイペース過ぎるような気もするが、彼女の耳はピコピコとしている。

 どうやら機嫌は直ったようだ。

 マーゼル様も嬉しそうだし、結果は上々だろう。


「マーゼル様も執事の人も、ついでだし一度食べてみますか?」


 マーゼル様が作っていたのはクイナの分だけだ。

 自分の分を手早く作りながらそう聞けば、マーゼル様は一瞬嫌そうな表情になるも、その感情を口にする前に一度考えたらしい。


「まぁ、クイナが何を美味しいと思うのかくらい、少しは知っておいてもいいか」


 クイナが美味しいと言っているものを貶さなかったのは、きっと賢い選択だ。


 慣れたもので、サッと刻んでサッと皿に盛り、サッと蜜をかけて二人の前に出す。

 するとマーゼル様はスプーンでゼリーを掬ってまじまじと眺め、ゴクリと生唾を呑みながら、恐る恐る口内にスプーンを運び……。


「うまい」

「ならよかった」


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