第44話 少年の勇気



「クイナー?」

「……」

「おーい、クイナさーん?」

「……」


 呼びかけてもまったく応答しないいじけたキツネっ子の背中に、俺は苦笑しながらため息をつく。


 スライムなんて、探せばその辺にそれなりにはいる。

 一匹食べられなくなったところでそれ程悲しむような事じゃないし、あの後実際に俺一人で外膜を破らずに核だけ叩いて潰したスライムを四匹も捕まえたのだが、クイナに言わせれば「本当は五匹食べられるところだったの」だそうである。


 まったくこの子はいつからそんなに食い意地を張った子になったのか……と考えて、すぐに「あぁ最初からか」と思い直した。


 クイナは最初から食には執着しぎみだったし、何ならそんな彼女をこれまで野放しにしてきたのは俺だ。

 つまり間接的には俺のせいでもある。


「まぁでもそれが、クイナらしさだしな。仕方がない。……で? そちらはいつまで塞ぎこんでいるんです?」


 言いながら後ろを振り返れば、そちらには体育座りをしてしょぼくれている男子がいた。


「やっちゃったものは仕方がないんですし、そんなにクイナにいじけさせた事が気になるんなら、挽回するしかないと思いますけど」

「挽回……?」


 そう言って顔を上げた彼は、涙目を通り越してシクシクと泣いていた。


 まぁ「もっと知りたい」と思ってこんな森にまで来てしまうくらいには好いている相手があれだけいじけた挙句いくら謝ってもうんともすんとも言わなくなれば、しかたがないか。

 なんせ子供なんだし。

 

「そう、挽回です。時間は決して巻き戻ったりしませんからね」


 そう言ってクイナの方を向き、口元に手を添えて彼女にも聞こえるような声量で言う。


「今日は特別に、三時のおやつじゃなくて昼食のデザートにしようかなー」


 何をデザートにするのかなんて、もちろん答えは一つしかない。


 クイナの耳がピクリと動いたのを、俺は決して見逃さなかった。


「実はこの前マリアさんから『お試し』でもらった新しい蜜もあるんだよなー」


 尻尾も随分と彼女の感情に正直だ。

 先程まではピクリとも揺れなかったモフモフが、右にゆらん、左に揺らんとし始めた。


 うん、これなら釣れる。


 俺はそんな確信と共に、再びマーゼル様たちの方を振り返る。


「俺はこれから即席料理をしますが、試しにやってみますか?」

「え」

「美味しいものを作って渡せば、クイナは間違いなく喜びますよ?」


 そう言うと、彼は一拍置いてコクリと頷く。


 そうか、よかった。

 どうやらこっちにも回復の兆しを作れそうだ。


「じゃあまずは……『水よ』」


 そう唱えると、宙に大の大人がちょうど抱きしめられるくらいの大きさの水玉が発生する。

 俺は自分のポーチから、小さなテーブルとまな板と包丁をどんどん出しながら、彼にこう指示を出した。


「じゃあまずは、今出した水にそこに転がってる動かなくなったスライムを入れて、土汚れを落としてください」

「えっ」


 上がったのは、何故か驚いたような声。

 一体どこに驚く要素があったのか。

 そう思いながら彼の方を見ると、恐怖に顔を青ざめさせながら彼は言った。


「もしかして、デザートの材料ってアレなのか……?」


 もちろんだ。

 それ以外に何がある。

 反射的にそう思えば、おそらく表情に出たのだろう。

 彼はピヤッという悲鳴のような声を上げた。


「あの得体のしれないものを食べるのか?!」

「でもクイナの好物ですよ?」

「ぐっ……」


 彼は言い返す事はこそ持たないようだが、その目はまだ「本当にアレを食べるのか?」と訴えかけてきている。


「大丈夫ですよ。元々は獣人の憩いのおやつですが、人間の俺の口にも合いますし」

「そ、それは俺にも食べろという事か?!」

「えぇ、クイナと初めて同じものを一緒に食べる機会ですよ」

「むむぅ……」


 苦い顔で少し考え込んだ彼に、俺は思わず苦笑する。


 実際に今日捕れたのはグリーンスライムだけなので、ピリッとする大人の味や、まして毒なんて入る余地はない。

 十分美味しく頂けるだろう。

 だからあとは、彼が『未知のものを食すこと』に対し、どの程度の拒否反応を示すかだけである。


 俺が初めてスライムを食べようとした時は、王城時代に師匠だったレングラムに連れられて遠征に行ったりしていたお陰で魔物を食べる経験をしていた事もあり、まったく抵抗はなかったが、相手はおそらくまだそういう経験もない子どもである。

 まぁ彼が拒否するんなら、無理に進めるつもりも必要もないけど……と思っていると、彼は一大決心をしたような顔でこちらを見て言った。


「いいだろう! おおおおおおお俺もアレを食ってやる!!」


 もしこれで声が震えていなければ結構カッコいい啖呵になったのだろうけど、まぁその辺は仕方がないだろう。

 クイナと同じものを一緒に食べられるというところに食いついたのか、クイナの暮らしを知りたいという本来の目的に立ち返った結果なのかは分からないが、彼のその勇気を讃えて、俺はニコリと微笑んだ。


「じゃあアレ、洗ってください。お願いします」


 彼の顔色は更に悪くなった。


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