第43話 薬草採集ルンルルーン♪ ……ガーン!



「という事で、クイナ。いつもの薬草採集だ」

「やるのーっ!!」


 俺の声に合わせて両手を上げたクイナは、見るからにやる気満々だ。


 そもそもクイナは『豊穣』の恩恵のお陰なのか、何かを収穫・採集するのが好きだ。

 その上彼女が収獲すれば普通の人の何倍も品質の良いものが採れて皆に褒められるのだから、モチベーションは常に高い。


 今回採集する薬草の種類は三種類。

 しかしどれも既に採った事があるものばかりであり、慣れた彼女の目にかかればすぐに見つける事もできる。


 森の中に入るとすぐに、クイナは作業に入った。

 俺は採集は彼女に任せ、周囲を魔法で警戒する。

 いつもの役割分担だ。


 が、ここにはそんな俺たちの様子を面白くなさげに見ている人間もいた。


「何でそんな、チマチマとした事をしなきゃいけないんだ」


 幾ら好いた子だとしても、自分には目もくれないどころか背を向けてせっせと作業に没頭されてしまうと面白くないのだろう。

 マーゼル様が口を尖らせる。


「そんな事、執事やメイドに任せればいいんだ」

「ダメですよ。俺たちは冒険者、危険な場所に足を踏み入れ自らの労働する事で、対価にお金を頂く身分です」

「危険なって、ただの森じゃないか」

「たしかに今はまだ危険に遭遇していませんが……あ」


 最後まで言葉を続けなかったのは、一般的には『一時的に危険な状態』と呼んでもいい状況になったからである。


 索敵魔法が引っかかったのは、ここから20メートルほど先。

 先程まで眠っていた個体が目を覚ましたようである。


 距離はあるが、相手には僅かな魔力の収縮が。

 つまり魔法が飛んでくる予兆だ。


「? おいお前、俺との話を途中でやめるなど――」


 何かがシュッと空を割く音がした。

 その標的になっているのは、鼻歌交じりに採集しているクイナより煩い、マーゼル様だ。


 その鼻先めがけて、少しばかり鋭くとがった石くれがまっすぐ飛んできて――。


「うわっ」

「『水よ』」


 彼にそれが当たるより、俺の魔法発動の方が早かった。

 彼を庇うようにしてできた水の膜が、石くれの威力をゼロにする。

 石くれはそのまま重力に従い地面にポロリと落ちたのだが、驚いた彼はドサッと尻餅をついた。


「マーゼル様っ!」


 執事が慌てて彼の元に駆け寄る。

 今のはどうせ当たったところで精々ちょっとした擦り傷程度の切り傷にしかならなかっただろうけど、自分が守ると言っていたにも拘わらず不実行に終わったのは、間違いなく執事の落ち度だろう。


「これだけ森の浅い場所でも、魔物はいますし攻撃も飛んできます。警戒するのなら、常に、全方向に対してしておいてください。相手はこちらにいつ攻撃を仕掛けるか予告する義務を負っていませんから」


 冒険者にとっては、そんなの当たり前の事。

 そもそも森に入る冒険者は、全方位に対して警戒ができない時点でうまく成り立たない。


 しかしそれは、貴族として生きる人間にも、彼らと共にある従者にも、あまり馴染みのないものだろう。


 実際に俺もそうだった。

 師であるレングラムに騎士団の遠征に連れて行ってもらうまでは、警戒は手合わせをする間、相手にだけしていればいいものだった。


 それ以外の場所ではその役割を誰か――衛兵や護衛がしてくれていたのだという事に気がついたのは、それなりに歳を重ねた後だ。

 結局人は、そういう環境に身を置かないと気付けない事も意外と多い。


「あ、あああああ危ないだろうが!」


 グリンとこっちを向いて叫んだマーゼル様に、俺は思わず苦笑する」


「まぁたしかにある程度は。でも俺たちはそういう生活をしているんですよ。クイナだって」


 言いながら、彼女の方を指さした。

 ちょうど彼女のところに小さな石くれが飛んだところだったのだが。


 ペシンッ。


 石くれは彼女に当たる前に、軽い音と共に地面に叩きつけられた。


 彼女が実際に手や、ふわんふわんと上機嫌に左右に揺れている尻尾などで防いだわけではない。

 しかし勝手に石くれが地面に落ちた訳でも、もちろんない。


「クイナには、最低限自身の身を守れるように、森に入ったら常に風魔法で防御風を張るように言っています。あの子もだと分かった上で、ここに入ってきているんですよ」


 そう言いながら、俺は石くれを飛ばしてきているものの正体・を『風よ』と唱えて一撃で葬る。


 と、近くでガサガサと草を揺らす音がした。

 マーゼル様がビクリと体を震わせ、執事が彼を守ろうと背中に庇う。

 が、見えてはいなくても俺は魔法でそれが何かを検知できている。

 アレに害はない。

 それどころか。


「クイナー」

「んー? ……あっ、スライムなの!」


 そこにいたのは一匹のスライム。

 緑色の、クイナのおやつである。


 が、そのスライム。

 一体何を思ったのか、ピョーンと大きな飛躍をするとマーゼル様の方に突っ込んで――。


「う、うわぁーっ、来るなぁーっ!!」


 人を害するには、スライムは非力すぎる。

 相手がマーゼル様でも同じだ。

 だから防御する必要性を感じなかったのだが、おそらくそれが良くなかった。


 頭から襲い掛かるプルンプルンに、どうしようもない恐怖を抱いたのだろう。

 マーゼル様はおそらくほぼ反射で近くにあった棒で、思いっきり突き刺した。


 スライムの体がシュゥーッと蒸発していく。

 外膜が破れる程の衝撃を加えた上で核を壊したから、それは当然の摂理だ。

 ただの魔物だと思っている人間にとって、敵の消滅は歓迎すべき事だろう。

 

 しかし。


「ク、クイナのおやつなのーっ!!」


 クイナはそう悲鳴を上げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る