第42話 森に行く前のお約束
「お二人にお任せできる依頼自体は色々とあるんですが、同行者の方がいらっしゃるんなら……こちらなんていかがです?」
そう言いながら、彼女は二枚の依頼書を差し出してくる。
内容に目を通してみると、片方は今までもよくやってきた薬草採集の依頼。
そしてもう一つが。
「『鉱石探し』……?」
「はい。希少な鉱石のある場所が少し奥まっていて、一般人では辿り着く事ができないんです。アルドさんたちなら大丈夫だと思うんですが」
「あぁはいそれは」
添付の地図に書かれている採集予定地は、俺も知っている場所のすぐ近くだ。
その辺に出てくる魔物の種類も知っているし、実際に行った事がある場所である。
しかし何故これをわざわざ選んで……?
そう思い首を傾げたところで、彼女が声を潜めて言ってきた。
「この依頼、期限にまだ余裕があるので」
「あぁなるほど」
つまり、最悪今日じゃなくても問題ない依頼、という事なのだろう。
「それに依頼者の観点で見ても、アルドさんたちに『適性』があるかと」
「え? ……あぁ」
苦笑気味な彼女の物言いに、俺も同じような笑みを返す。
依頼者の欄に書かれていたのは、ソルド。
少し頑固で職人気質な、見知った鍛冶屋の名前である。
「これはこちらも力を入れて取ってこないと、下手をしたら『こんな石くれは要らん!』とか言われそうですね」
彼が鉱石を欲しがるという事は、おそらく自分で使うつもりなのだろう。
彼は自分の仕事や作るものに、強いプライドと責任感を持っているタイプの職人だ。
おそらく鉱石にも妥協しない。
一度ヘソを曲げたら面倒な事になりそうなところもひっくるめて、色々と注意が必要な人である。
彼女がわざわざ『適正』なんてものを気にする理由も大いに分かる――などと思っていたのだが。
「すごいですね、アルドさん。どこかで聞いてきたんですか?」
「え?」
思わずそう聞き返すと、ミランさんは苦笑いを浮かべた。
「実はソルドさん、この依頼で一度受け取り拒否をしているんです。『こんな半端もので俺に仕事をしろっていうのか!』って」
どうやら既に、一度持ち前の頑固さを発揮した後だったらしかった。
***
「という事で、これから森に入りますが、一つ約束をしてください。『勝手にどっかに行かない事』。森は魔物のテリトリーです。最悪二度と出られないかもしれない場所ですから」
俺のそんな言葉を聞いて、マーゼル様がプイッとそっぽを向く。
「何だそれは。そんなの俺が聞く義理はない!」
「たしかに義理はないでしょうね。俺は別に貴方に雇われている訳ではありません。貴方の生死に何ら責任はない立場ですから」
今回の同行は、マーゼル様が望み、俺が許したものではあるが、護衛の依頼は受けていない。
執事が自分一人で彼を守れると思っているようだが、そう思っている時点で、かなり森を舐めている。
それこそデスパード侯爵家次代当主・シンの執事セイスドリートレベルの従者であるならば未だしも、少なくとも今の俺が感知できる範囲では、彼は魔力もそう多くない。
魔道具を持っている風でもないし、敵によっては対処しきれない場合も出てくるだろう。
「冒険者が他者の護衛の依頼を受ける場合、通常冒険者ギルドで手続きをします。そうする事で必要に応じて、依頼者は護衛に失敗した場合の責任と損害賠償が、冒険者は成功した際の報酬の授受が保証される仕組みになっています。それがない以上、今回俺たちは例えば貴方方がピンチに陥ろうとも助ける義務を負っていない。……ですが」
目の前で誰かが危ない目に遭っている状態を、自分がどうにかできるかもしれないのに置き去りにするような寝覚めの悪いような思いを、俺はしたくないし、クイナにもさせたくない。
「近くにいれば、助けられます。マーゼル様だって、せっかくクイナの事を知るために森に入るのに、命を失っては意味がないでしょう?」
そんな言葉に、彼はグッと押し黙った。
どうやら「言っている事は分かるが、従うのは気にくわない」と思っているらしい。
俺の中にある『調停者』が、その内情をヒシヒシと伝えてきている。
執事に目をやるも、彼はオロオロとしているばかりでまったく俺たちの間を取り成そうとしない。
彼を甘やかすだけが、彼の事を思っている事にはならないと思うんだが、どうやらその辺の意識が彼は乏しいらしい。
……いや、もしかしたら俺が『執事』に課しているハードルが少々高すぎるのかもしれない。
俺の中の『執事』はいつだって、セイスドリートが基準だから。
「ちなみにこの約束事は、初めてクイナがこの森に入った時にも交わした内容です。クイナはそれを、今日まできちんと守っていますよ」
「ふんっやってやってもいい!」
素早すぎる手のひら返しに、俺は思わず苦笑を漏らす。
現金というか、なんというか。
何をエサにすればいいのか分かりやすいのは、別に悪い事じゃないけどな。
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