第三節:公爵子息の、『クイナの日常』体験① 二人のちょっと歩み寄り編

第41話 俺とクイナの日常に、ほんのちょっとの異分子が。



「今日も朝なの!」

「あぁ朝だな……」


 元気いっぱいのクイナに起こされ、俺はふわぁぁぁと欠伸をする。

 今日も窓からは朝の陽ざしが柔らかく差し込んで来ている。


「冒険日和りなの!」

「それはたしかに」


 そう答えながらよいしょとベッドから起き、リビングから庭へ出て、赤々と実ったトマトを幾つか収獲する。


 今日の朝ごはんと、周りへのお裾分けやダンリルディー商会に卸す分。

 茎と実をハサミで切り離すとずっしりと手のひらに伝わる重みや、意外とちょっとした衝撃や傷で裂けてしまう実の扱い方にも、もう慣れた。

 それはクイナも同じであり、麦わら帽子を被った彼女は「まっかっか~♪」という妙な歌いながら手際よく収穫を進めている。


 クイナの恩恵でぐんぐん育つので、お手伝いに積極的なのはとてもありがたいし嬉しいところだ。


「朝ごはんはこのトマトと昨日買ったレタスにショウガ醤油のたれに付けた肉焼いて挟んで食べるか。昼食にはその肉、おにぎりの具にして」

「最高なの!!」

「あっ!」


 クイナが興奮して手を上げた拍子に、彼女が収穫したばかりのトマトがその手からスポンと抜けた。

 

 宙を舞う赤いトマトは、朝日を浴びてキラキラと煌めき綺麗で――って、そうじゃない!


「『水よ』!」


 空飛ぶトマトに手を伸ばしながら咄嗟に魔法を発動させると、収束するように発生した水玉の中に赤い実がトプンと入る。


「洗う手間が省けたの!」

「確かにそうだけど、お前が言うな」


 手を滑らせた張本人にジト目を向けながら言うと、クイナは何やら楽しげに口に手を当て「ふふふっ」と笑う。

 何が楽しいのかはよく分からないが、クイナがご機嫌ならそれでいい。


「早く済ませちゃってご飯にするぞー」

「うんなの! とってもお腹グーグーなのー!」



 ***


「で、いつからそこに?」

「二時間くらい前からだ!」


 冒険者ギルドに寄ってから森へ。

 そう思って家から出ると、玄関のすぐ外に少年が両腕を組んで仁王立ちしていた。


 クイナは彼を見て「うへぇーっ」という顔になるが、俺は感心の方が勝る。


「お前が言ったんだろ、『彼女の側で彼女が見ているものを一緒に見てみろ』って」


 マーゼル様が、フンと鼻を鳴らしながら言ってくる。


 たしかに言った。

 でも、昨日の今日だし、来るにしてもてっきり事前に「いつ行くから迎えに来い」くらいは言ってくるかと思っていた。


 まさかこんなに朝早くから待っているとは思わなかったのだ。

 ここまで素直に待たれると、相手が誰でもその熱心さに感心せざるを得ないのだが。


「アールードー! もう行くのっ!!」


 クイナが彼らを無視して俺の腕をグイ―ッと引っ張ってくる。

 

「あぁもう分かったから引っ張るな、歩きにくいって」


 そう言いながらマーゼル様の方を見ると、まるで親の仇でも見るかのように睨みつけてきていた。

 思わず苦笑しながら、彼とその後ろに立っている執事に向かって言う。


「今日は冒険者家業をする予定なのですが、それでも良ければついてくる分には構いませんよ」


 その貴族服と執事服では、森の中を行くには少々不便だし暑いだろうけど……とは言いかけたけど呑み込んだ。

 変なことを言って「じゃあ先に服装を整えてから」という話になると、ギルドにも森にも行くのが遅れる。


 そうじゃなくてもクイナがご機嫌ナナメなのだ。

 これ以上彼女が楽しみにしている森での冒険者家業に割く時間を、あまり削られたくはない。




 ギルドに行くと、案の定貴族と執事を連れた俺たちは悪目立ちした。


 おそらく初めて来たのだろう。

 マーゼル様はキョロキョロとギルド内を物珍しげに見回し、執事はその後ろでニコニコとしながら立っている。



 ちょうど受付が空いているようだったから、掲示板には向かわずまっすぐ受付の方に顔を出した。


 対応してくれたのは、俺たちに気付いてすぐにカウンターに来てくれたミランさんである。

 俺たちの事を心配してくれたのだろう、こっそりと「どういう状況ですか?」と眉尻を下げながら耳打ちしてくれるあたり、彼女の優しさが垣間見える。


「もしかして、先日の王城行きで知り合って、冒険者家業見学の護衛でも頼まれたとか……?」

「いやまぁそういう訳でもないんですが」


 実際には似て非なる事をさせられようとしている所だ。

 そんな風に内心で呟くと、俺たちの会話が聞こえていたのか、マーゼル様の執事がほのほのと笑いながら「お気になさらず」と口を開く。


「私どもは私どもで、きちんと自らの身の回りを守りますので」


 その言葉に、俺の恩恵『調停者』が僅かに反応する。


 彼の胸の内のあるのは、ラクード公爵家の威厳と自信。

 おそらく冒険者に守られずとも主を守ってみせるという信念と、それが自分にはできるという自信があるのだろう。


 セイスのように自らも腕に心得のある執事は比較的少ないものだと思っていたのだが、実際には意外とそうではないのだろうか。

 そんな事を考えつつ、俺は彼の欣嗣に障ってしまわないように「分かりました」と頷いた。


「それで、何か良さげな依頼はありますか?」


 ミランさんに向き直ってそう尋ねれば、彼女は「あ、はい。そうですね……」と言って、現在俺たちが受けられる依頼を探してくれる。


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