第40話 クイナの嫁入り?



「それで、その子に『クイナちゃんの生活に同行しては?』っていう話になったと」


 ご飯を作る気に慣れなくなってしまったので、クイナと二人で天使のゆりかごにご飯を食べに来た。

 料理が来るのを待ちながら、いつものようにおじさん達に相手をしてもらっているクイナの横顔を遠目に見つつ、マリアさんとそんな話をする。


「だってあの子、諦めそうになかったんですよ。変に粘着されたり強行手段を取られても困りますし、ならせめて俺の目の届くところでクイナの安全を確保しながら、と」

「まぁアルド君がクイナちゃんのピンチに容赦できないのは、この街の全員が知っている事だしねぇ」


 おそらくは、以前あったクイナ誘拐事件の時の事を言っているのだろう。

 誘拐犯の一味を町中探し回りコテンパンにして回った事は、まだ記憶に新しい。

 これについては何の反論のしようもないし、似たような状況になればまたきっと俺は同じようにクイナを助けに行くだろう。


「でもいいの? もしそれでクイナちゃんとその子が仲良くなったら、クイナちゃんはお嫁に行っちゃうかもよ?」

「……それならそれで。公爵家なら、希少種のクイナを守る力もあるでしょうし」

「それはそうかもしれないけど、絶対に寂しいわよぉ? お嫁になんて行かれちゃったら」


 まぁそれは、たしかにそうかもしれない。

 もうクイナと一緒に暮らす事が自然な事になっているし、あの子がいる生活はとても賑やかだ。

 それがなくなってしまうと思えば、たしかに寂しくはなるかもしれない。

 でもだからと言って、クイナの幸せを縛る権利もないわけで……。


「もし寂しくなったら、毎日ご飯食べにきます」

「ふふふっ、うちとしては嬉しい事だけどね」

「アルド、元気ない? 何の話をしてるの?」


 机に落とした視線にズイッと、クイナの耳が入り込んできた。

 そちらを見れば、いつの間にか戻ってきていたらしい。

 不思議そうな、少し心配そうな表情のクイナが目の前にいた。


「いやまぁちょっと」

「クイナちゃんが一緒にご飯を食べてくれなくなったら寂しいーっていう話をしていたのよ」


 せっかくお茶を濁そうとしていたのに、マリアさんが暴露してしまった。

 完全に間違っている訳ではないから、咄嗟に否定の言葉が出にくいものの、少し話の内容が歪曲され過ぎているような気もする。

 何か言わなくては。


 そう思ったのだが、俺が口を開くより、クイナの快活な答えの方が早かった。


「クイナ、一生アルドとご飯食べるの! だから、寂しくないの!!」

「だって。よかったね、アルド君」


 よかったね、じゃない!


 そう言い返そうとしたものの、マリアさんがまるで聖母のような微笑みを向けてくるものだから言い返せない。

 そもそもこの人の素朴な美しさは、俺のツボにドンピシャなのだ。

 今まで同様今回も、あまり強い言葉で反論できない。


 クイナもどこか機嫌よさげだし、結局否定を呑み込む事しかできなくて、俺は「はぁ」とため息をついた。

 半ば投げやり気味に「まぁいいや」と思っていると、マリアさんが何やら思い出したような顔で「あぁそうだアルド君」と言ってくる。


「クイナちゃんの魔法の先生の話、教会に頼んだんだって?」

「え、何でそれを」


 魔法の先生が欲しいという話はここでしたけど、教会に頼みに行った話はまだしていなかった筈だ。


 もしかしてあの神父様が彼女に漏らした?

 それとも誰かが盗み聞きしていて?


 警戒を怠ったか、と苦い気持ちになっていると、おそらくそんな俺の内心を察したのだろう。

 彼女はすぐに「多分アルド君が危惧しているような事じゃないわよ」と言ってくる。


「神父様からお話を頂いたの。私にクイナちゃんの先生になってくれないかって」

「え?」


 思いもよらなかった言葉に、俺は思わず目を丸くする。

 そんな俺の耳に、彼女がヒソヒソと囁く。


「あまり周りにはいっていないんだけど、実は私、無詠唱で魔法が使えるのよ。……アルド君は、教会の結界については知ってる?」

「え、えぇ。建物全体の保護結界と、特定区画への侵入者検知結界が掛けられているんですよね」

「そう。その結界、私が張っているのよ。厳密には、定期的に張り直しに行っているんだけどね」

「えっ?!」


 思わず大きな声が出た。


 ノーラリアの教会の結界は、世界的に見ても強固だという事で有名だ。

 代々凄腕の魔法師が結界を張っていて、おそらく代替わりが少なく魔力量が多い種族のいる他種族国家だからこそできる芸当なのだろうと方々で囁かれているものの、保安の関係で術者は公にしていない。


「だから一応、クイナちゃんに魔法を教える事くらいはできると思うわ」


 そう言ってニコニコと笑う彼女は、いつものマリアさんだった。

 でも『魔法を教える事くらいはできる』どころの話じゃない。

 元々クイナも彼女には懐いているし、俺も信用している。

 その上そんなに凄腕ともなれば、クイナの魔法の先生をしてもらうには十分過ぎる相手だろう。


「あ、出来上がったみたい。すぐに持ってくるわね」


 言いながら、彼女は一度厨房の方へと入っていく。

 すぐに戻ってきた彼女の手には、俺とクイナの今日の食事が。


 クイナが「わーい、なの! お腹空いたの!!」と、両手を上げて喜んだ。

 俺の目の前にも食事が置かれ、彼女が「召し上がれ」と優しく言ってくれる。


「いっただきますなの!!」


 ちゃんと胸の前でパンッと手を合わせ、挨拶をしてから食べ始めるクイナ。

 耳はピコピコ尻尾はふわんふわん、ご飯に夢中で楽しげだ。



 彼女の食欲に背中を押されるように、俺もフォークを手に取った。


 食べた肉は、美味しかった。

 こんなに驚いていてもしっかり美味しいと分かるとは、流石はグイードさんの料理の腕である。



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