第49話 一方その頃、ノーラリア王城では ~ガッシャンコ騎士団長・ジェンキンス視点~
第二王子の護衛騎士である自分が、まさか訓練に身が入らないなどという恥を経験する事になるとは。
いつもあれだけ部下に対して「訓練はただの練習ではない! 実践の手数を増やすための行為だ、きちんと集中しろ!」と言っているのに、情けない。
そもそも俺は、体を動かせさえすれば、日常における面倒事や心配事もすべて吹き飛ばせるタイプの人間ではなかったか。
そう自らに自問自答するが、そもそもこの自問自答をしている時点で最早負けのような気がする。
何故俺がこれほどまでに気を散らしているのか。
それは正しく第二王子、そして彼が目を付けた面々に関係してくる。
今から約、二月前。
第二王子殿下は俺に、ある人間と獣人娘をこちらに引き入れる事を暗に要求してきた。
主人に対してこう言うのも何だが、あの人は自分が欲しいと思っているものは当たり前に手に入ると思っているし、簡単に手に入ると思っている節がある。
おそらく彼の生まれ育った環境や教育がそんな思考を生み出したのだろう事はもちろん重々承知だが、だからといって振り回される方からすれば、たまったもんじゃないというのが実情だ。
「あんなの簡単に、引っ張ってこれる筈がない」
正直な気持ちが口をついて出たのは、今この水浴び場に誰もいないからだった。
井戸から水を汲み、頭からバシャーッとかける。
「そもそもだな、あの二人組、調べれば調べる程、得体が知れない」
二人がこの町にやってきたのは、一年弱前。
街中には様々な人脈があり、直接繋がりがある人間でなかったとしても、彼らを知っている者は多い。
街に蔓延っていた盗賊団を一夜にして壊滅させたあの男の噂を知っている者はもちろん、大商会の主人や教会の神父、腕に覚えのある鍛冶師や、新進気鋭の商人など、様々な街の要人と仲良く話しているがよく目撃されている。
かと思えば町の宿屋によく飯を食いに出没したり、串焼き屋で一日店番と称して商売の現場に立ったりもする。
目立たない筈がない。
お陰で彼らは、冒険者にも、職人にも、商売人にも、街の人々にも、よく知られた存在だ。
井戸から水を汲み、頭からまたバシャーッとかける。
あの男の逃げ足が速いのは誰でもない自分が一番よく知っているし、私を屋根の上にあった『天然の落とし穴』に嵌めるような、視野の広い真似もできる。
冒険者ギルドに所属しているが、依頼受注内容は模範的。
結構難易度の高い依頼も受けているが、驚くべき事に、今まで一度も受けた仕事を辞退した事がない。
人当たりがいい男と、元気で人懐っこい獣人娘の人柄は周りにも歓迎されており、つまりアレだ。
何か欠点をつついてこちらに引き込むという事は不可能に近い。
……まぁ俺もそんな手を使いたくはないので、本当はしたくないのでそれは別にいいのだが。
井戸から水を汲み、またまた頭からバシャーッとかける。
問題は、そんな人間をどうやって引き込むのかという事だ。
生活に必要な金銭はギルドの依頼達成報酬で十分稼げているようだし、盗賊団の討伐報酬として金一封を出そうとしたところ、頑なに固辞された過去もある。
おそらく金で釣るのは無理だ。
待遇でもおそらく、無理だろう。
王城パーティーでは厭にこなれた立ち居振る舞いを見せていたが、冒険者という物珍しさから自身の周りに集まってきていた令嬢やその時にあの獣人娘に絡んできていた公爵子息を、ブロックしているように見えた。
そもそもパーティーに招待した時も、かなり渋っていたと聞いている。
実際に話した感覚としても、多分権力の類には触りたくないと思っているタイプなのだろう。
平民の振る舞いとしては最も安全で安パイだが、引き込みたいこちらとしては、足掛かりが何も無くて、面倒臭い事極まりない。
井戸から水を汲み、またまたまた頭からバシャーッとかける。
少し前に何故かあの男たちの周りに一人また子供が増えていたが、預かり育児でも始めたのだろうか。
そんな事をする暇があるなら、王城に顔を出しにきてくれれば、殿下もせっつきも少しは減るのに。
っていうかそもそも、ちょっとズルいのだ、あの男。
子どもなら既にいるじゃないか、あのモフモフな獣人娘が。
……あの獣人娘、普段はゴツい体格といかつい顔のせいで子どもに敬遠される俺にも人懐っこく話しかけてくるし、ちょっとくらいならモフモフしても……いやいや、この思考は大人としてちょっとマズい気がする。
井戸から水を汲み、またまたまた頭からバシャーッとかけ――。
「あ、あの、隊長」
「ん?」
呼ばれて振り返ってみれば、部下の一人が立っていた。
「どうした」
「いえ、あの、第二王子殿下が『来い』と」
「はー……分かった」
ほら見ろ、また呼び出しだ。
最近どうにも楽しめる事がないらしく、退屈しては俺を呼び出して「あの二人はまだ届かないのか」などと言ってくるのである。
仕方がない。
持っていた水桶を置いて、俺は主人の元へと足を向ける。
第二王子の護衛騎士なんて周りの羨望の的だが、実際にはいい事ばかりでもない。
こういう事があったり、そもそも「カッコいいから」なんて理由で『ガッシャンコ騎士団』などという恥ずかしい名前を付けられたりする。
大変なのだ、雇われというのも。
相手が大きければ、尚の事である。
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「おいロバート、ジェンキンス隊長に言ってきたか?」
「あぁ、水浴び場にいた」
伝言を伝えに行った騎士は、訓練所に戻ってすぐに同僚から声をかけられ、そう返す。
「当分の間、水浴び場にはいかない方がいいぞ」
「あー、またやってたのか」
「そう。足元水び出しのドロドロ」
「あの人、何か考え事があると、いつも頭から水を被りまくるよな。土の地面なんだから、その後当分弊害が出るって、多分全然分かってない」
足りない言葉で大方が伝わるくらいには、ジェンキンス騎士団長は周りによく知られている。
「まぁ別に、悪い人ってわけじゃないし、何なら強くて尊敬もできる上司なんだけどなー」
「飾ったところもなく、騎士の規律に関わる部分以外では、上下関係を使ったりもしないし」
「でも、ちょっと周りが見えなくなる事があるっていうのが、玉に瑕だよなぁ」
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