第四章:外からやってくる脅威、俺の素性

第一節:緊急依頼、街を守れ

第50話 マーゼル様が日常になった



 マーゼル様が冒険者家業に初同行した日から二週間ほどの時が経ち、俺たちは彼らが同行したりしなかったりする日常にも大分、慣れてきた。


 マーゼル様にも既に剣を教え始めており、彼からは「先生なのだから呼び捨てでいい」と言われたが、その辺は丁重にお断りしておいた。


 なんせ彼は、平民街にいても尚平民に溶け込む気がないような服装をしているのだ。

 そんな相手を呼び捨てしてみろ。

 間違いなく周りから「あ、あいつ貴族を呼び捨てに……?!」と噂になってしまう。


 いやまぁそもそもそんな相手に剣を教えるという時点で規格外なのだと、彼の練習用の剣を購入しにダンリルディー商会に行った時に、商会長のダンノさんに言われたが、それを言うならそもそもが王都一の大商会に行けば、毎回商会長が出てくるあたり、もう完全に手遅れな気がする。

 もちろん彼とは商売相手以前に友人だから、実際には別におかしな事はないのだが、周りからどう見えるのかという話だ。


 ……まぁでもクイナの魔法の師匠も、教会の結界を張っているすごい人だしなぁ。

 いやまぁ彼女は、自分の正体はきっちり隠して、宿屋兼食堂なんてやっているから、別に彼女にクイナが魔法を教わっている事自体がバレても、それ程の騒ぎにはならないとは思うけど。


 ――あぁそれと、あともう一組。


「クイナ、今日はマリアさんとの訓練があるからなー。でもまずは、納品から」


 朝食のパンをかじりながら、向かい側のクイナに言う。


 彼女は今日も上機嫌。

 耳も尻尾もツヤツヤ毛並みのふっさふさだ。

 上機嫌な理由はおそらく庭で、新作物・にんじんが収穫できたからだろう。

 

 早速今日の朝食になっているそれは、クイナの『豊穣』の恩恵のお陰で臭みがなくて甘いにんじんだ。



 クイナは俺の言葉に、「石、なの?」と首を傾げた。

 用事をピンポイントで言い当てた彼女に、俺は「あぁ」と答える。

 何で分かったのかの答えは、おそらく「昨日の仕事内容をきちんと覚えていたから」だろう。


 先日ギルドの依頼で取ってきた鍛冶用の素材は、あれから継続的に発注がきている。

 相手方が俺を指名して依頼をくれるので、頼まれたら取ってきて直接渡しに行くところまでが仕事になった。


 そもそも依頼主が偏屈で有名な人だから、他の人が仕事を請け負って妙なトラブルを生んだりしない分、俺相手なら先方もギルドも安心というところなのだろうが、俺としてもお金がもらえるれっきとした仕事だし、知り合いの顔を見にいけるというのはいい事だ。


「用事でもないと、行かないからな」

「何なのー?」

「いや、何でもない」


 何にせよ、知り合いが元気かの確認と少々の世間話をするのが依頼と被るのならば、一石二鳥という話である。



 そんな話をしているうちに、ちょうど外で音がした。


 まずは馬の蹄と何かを転がす音。

 それはうちの家の前で止まり、少しの間を置いて扉がドンドンとノックというには少し乱暴な音を立てる。


「アールードー、クーイナちゃーん、来たー」

「あぁはいはい、入ってこーい」


 俺がそう言うと、扉がガチャリと音を立てて開く。


 そして現れたのは、今日もいい生地の貴族服を着た子息。

 腰にはしっかり剣をたずさえ、胸を張ってフフンと鼻で笑う。


「まだ朝ご飯食べてたのか。遅いぞ!」

「遅くはないです。普通です。あと今日はクイナの初収獲があったから、クイナがちゃんと味わい尽くすまで待っててください」


 暗に「邪魔すると嫌われますよ」と言ったつもりだが、どうやら伝わったらしかった。

 彼は先程までの勢いはどこへやら。

 「お、おぅ」と、少し声のトーンを下げる。


 勢いを失い遊びに誘っても付き合ってくれなくてシュンとなった犬のようになってしまったので、ちょっとした罪悪感が湧いた。

 仕方がないのでため息を一つついた後で、口を開く。


「食べてみますか? まぁもうあと一本しか残っていませんが」


 クイナの皿には残っているが、おそらく全部食べたかろう。

 そう思い、自分のやつを一つ指さす。

 マーゼル様はパァーッと顔を華やがせながら「食べてやらない事もない!」と言い、俺のすぐそばに寄ってきた。


「あーん」


 口を開けて待つ彼を見て、一瞬「お前は餌付けされるひな鳥か」と思ったが、口には出さないでおいた。

 貴族の行動にしてははしたないが、どうやら今日も同行しているいつもの執事は窘める気はないようだ。


 仕方がないのでフォークで刺したにんじんを一つ、彼の口に運んでやれば、パクリと食べた彼が咀嚼し数秒後、バッと目を見開き真顔で俺を見る。


「売ってくれ。うまい」

「ダメです絶対」


 売るでもあげるでも、彼が持って帰った時点で貴族にクイナの恩恵がバレる可能性がけた違いに上がる。

 マーゼル様は、クイナの恩恵についてまったく知らないし基本的に何も考えていないから良いのだ。


 執事にも「もし漏れたらもうマーゼル様の相手はできなくなる」と言い含める事で口止めしている。

 それが全部台無しになりそうな事を、まさか俺がする筈がない。


 彼はツンと口を尖らせたが、今度は見ないふりをした。

 俺が折れないと分かった彼は、早々に諦め「それで?」と聞いてくる。


「今日は何をするんだ? 平民暮らし」

「色々やります。訓練の時間もちゃんと取れますよ」

「そうだろうな! なんせ俺がここに来ているのだからな!」


 別にマーゼル様を中心に世界が回っている訳ではないから、頻繁に来る彼が今日来るからといって仕事を調整する事はないのだが、まぁ言うまい。


 クイナが朝食を食べ終えた。

 食器を洗ったら、出発だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る