第51話 日常は、ブツ切れる。



「こんにちはー、なの!!」


 クイナが元気よく挨拶をしながら、熱気漂う作業場を覗く。

 彼女の後ろで「うわ、暑っ」と声を上げたマーゼル様には、たしかにこういう場所に縁はないだろう。


 カーンカーンと規則的になっていた金属を打ち鳴らす音は、クイナの声を聞いても尚止まる事はない。

 ずんぐりとしたそんな背中にマーゼル様が「おい」と声を掛けようとするが、クイナが口に人差し指を当て「しーっ、なの」と彼を止めた。


「聞こえてはいるの。いつもそうなの。でも『手を止めると、金属がへそを曲げちゃう』の」

「へそ? へそがあるのか? 金属に??」


 ヒソヒソ声で説明したクイナに、マーゼル様もトーンを合わせながら聞き返す。

 彼の頬がほんのりと赤くなっているのは、おそらく焚かれている炉の火が理由ではない。

 クイナも罪作りな子である。


 カーンという音が聞こえなくなり、代わりにジュッという音がした。

 作業場に視線を戻すと、ちょうどが鍛え終えた金属を水の中に入れたところだった。


 赤く光っていた金属が、色を無くした。

 出来上がったのは、漆黒の刃。

 持ち手を付ければ剣になる。


「来たか、アルド。クイナも」

「こんにちは、ソルドさん」

「きたのー!!」


 手を上げて自らを主張するクイナは、しかし作業場には入らない。

 彼女がここに来るのは初めてではない。

 ちゃんと知っているのである、職人にとってこの作業場が神聖な場所である事を。


「依頼されていた鉱石をまた持ってきました」

「助かる。最近多いんだ、その石を使ったモノづくりの依頼がな」

「デュラゼルさんのところの商売が繁盛していますからね。どちらも景気がいいようで、何よりです」

「あぁ、まったくだ」


 そう言いながら倉庫に通してもらい、納品し依頼書にサインをもらう。

 これを冒険者ギルドに渡せば依頼完了だ。


「それで? 何かガキが一人増えてるな」


 サインした依頼書を受け取ったところで、ソルドさんにそう尋ねられる。


 彼がクイッと顎をしゃくった先には、クイナと何やら話をしているマーゼル様の姿があった。

 最初に比べると随分と仲がよくなったものだ。

 そんなふうに思いながら「彼をここに連れてきたのは、今日が初めてでしたね」と答える。


 小さな声で「貴族か」と呟いた彼に俺は苦笑しながら「えぇまぁ。妙な縁ができまして」と言う。

 するとソルドは一瞬キョトンとした後で、片眉を上げて小さく笑った。


「妙な縁なんて、意外とどこにだって転がってるもんだ。それこそお前さんみたいな、実用的な恩恵を持ってればな」


 彼は今にも「俺たちもその妙な縁で結ばれた間柄だ」と言い出しそうだった。

 たしかにそうだ。普通なら、冒険者と偏屈な鍛冶師が直接つながるような事はない。

 たとえ俺がいい武器を求めてここを訪れたとしても、あくまでもそれは依頼人と納品者という立場であり、こんな風に会話ができる関係性になれたかというと、おそらく難しかっただろう。


 マーゼル様との縁は俺の恩恵とは関係ないのだが、わざわざ否定して詮索の理由を作るのも変な話である。

 ソルドさんを面倒事に巻き込まないためにも、知らなくていい事は伝えるべきではない。


「お前さんの事だ、どんなに面倒な人間関係の場に置かれても、うまくやるんだろうがな」

「どうでしょうか。そうだといいんですが、こればっかりはどうにも」

「よく言う。恩恵はもちろんだが、そもそも恩恵が宿るにはそもそもの為人が素質として必要なんだ。あまり謙遜するものでもない」


 少しは実績を誇れ。

 そう言われ、俺は照れ笑いしながら頬を掻く。

 王城では役に立たないハズレ恩恵だと言われていたというのに、俺の恩恵も随分と出世したものだ。


「この後はどうするんだ?」

「ギルドに行って、クイナとあの彼の修行を。場所を借りているんです」

「そうか。じゃあすぐにでもこの依頼書は完了手続きされるな。じゃあまた入用になったら、指名で依頼をさせてもらおう」

「ありがとうございます、ではまた近いうちに」


 そう言って、彼と取引完了の握手を取り交わす。

 職人の、節くれ立ったごつごつとした手だった。



 ◆◆◆



「ふんぬぅーーーーーっ!!」


 冒険者ギルドの訓練場で、マーゼル様がそんな掛け声と共に腹に力を入れる。

 まったく格好がつかない声だが、周りで練習している人たちの顔色を気にしないところが彼のいいところだ。


 実際にそんな声を出した成果も出ていて、彼が両手で握って構えた剣を、薄い魔力の膜が覆っている。

 たしかに彼は魔力こそ少なく剣技もまだまだではあるが、がむしゃらに真剣に頑張る姿は、生徒としては上出来だ。


 少ない魔力を活用して、剣戟に威力を上乗せするための魔力制御を覚えさせる。

 それが、まだ子どもであり剣技もそれほどうまくはない彼に有効だと思って教えているのだが、その判断は間違っていなかった。


「とりやぁぁあー!!」


 勇ましい声を上げながら、彼は目の前の藁人形にバッと切りかかる。

 剣はしっかりと振り抜かれ、藁の上半分は斜めに切れてトサッと落ちた。

 二週間前には、藁にまったく刃が入らなかったのだ。

 努力は形になってきている。


「うん、よさそうです」

「よっしゃ」

「では次からは、人形の素材を木にしましょう」


 木の次は砂の粒を固めたもの、その次は岩、そしてより固い鉱石へと、的はグレードアップさせていく。


 砂まで行ければ森の浅いところにいる人間サイズの獣くらいは一撃だろうし、岩くらいになれば、魔物も行けるだろう。

 鉱石を切れれば、オークのような大型魔物相手にも危なげないくらいだろうか。

 かつて自分も通ったレングラムとの修行を思い出し、そんな風に思ったところで、背中越しに「アルドーッ!」という元気な声が聞こえてきた。


 振り返ると、クイナが大腕を振りながらこちらに駆けてきている。

 その後ろには、マリアさんもいる。

 おそらく別室でしていた今日の修行が終わったから、二人でこっちに来たのだろう。


 クイナは今、マリアさんから無詠唱魔法を教えてもらっている。

 しかしそもそもその素質があると判断される者自体少ない。

 クイナが目立たないように個室を当てがってくれているギルドの配慮には、とても感謝している。


「お腹空いたのー! お昼なの!!」

「あぁもうそんな時間か」


 時計を見れば、たしかにもう昼時だ。

 振り返りマーゼル様に「昼食休憩にしましょうか」というと、おそらく気を張って頑張っていたのだろう。ドサッと地面に腰を付ける。


 

 昼食は、マリアさんが持ってきてくれている弁当だ。

 天使のゆりかごでは『出前』という扱いになっているらしく、お金を払ってサービスを受けている。

 ゆりかごの料理は美味しいが、貴族のマーゼル様のお眼鏡に叶うかが若干心配だったが、意外と気に入って彼も食べているので安心した……というのは余談だ。


「いつもの場所に行くの!」

「はいはい、ギルドの庭にある木陰な」


 そう言い、グイグイとクイナに引っ張られる手に逆らわずに身を任せる。

 が、もう一人の事も忘れない。


「マーゼル様」

「あぁ」


 クイナに連れ去られる前にと手を差し出せば、彼は俺の手を取って地面から腰を上げた。

 俺たちの休憩の気配を察して、向こうの方から彼の執事が小走りでやってくるのが見える。



 いつもと変わらぬ景色だった。


 それがたった一言で終わるなんて、おそらくこの場の誰一人として、思わなかったに違いない。


「皆さん、緊急招集です! ギルド所属の冒険者は、今すぐ集まってください!」


 切羽詰まった声の叫びが、辺り一帯に響いた。

 声の方に目をやれば、肩で息をするギルドの受付嬢・ミランさんの姿が見える。



 緊急招集。

 それは、ギルドに所属している冒険者に課せられる、非常事態の際の助力要請だった。


 

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