第52話 敵、複数
ギルドの中へと入ると、既に集まっていた冒険者たちの声で辺りはざわめいていた。
いつものギルドの穏やかな雰囲気は微塵もなく、それを感じたクイナがその異様な空気を恐れてか、耳を伏せ俺の後ろへと隠れる。
そんな彼女を気にするマーゼル様は、ある意味平常運転であり、誰よりもまずクイナを心配してくれるあたりは非常に微笑ましくもある。
しかしそれは、おそらく彼がまだ『いつもの冒険者ギルド』をあまりよく知らないからでもあるのだろう。
そして現状の異常性をいまいち認識し切れていないのは、彼の執事もおそらく同じだ。
彼の方は「今日は人が多いなー」くらいにしか思っていなさそうな呑気な顔を、周りに向かって晒していた。
ミランさんに「どうしたのか」と話を聞きに行く事もできたが、その慌てようを見てわざわざ懸命に人集めをしている彼女の邪魔をする気にもなれなかった。
待つ間に周りに耳を澄ませてみるが、どうやら周りも事態をあまり把握していないらしい。
ただ漏れ聞こえてくる声の中に「怪我人」「命にかかわる」などの単語があったので、思わず口を引き結んだ。
俺たちは冒険者である。
体を張るのが仕事であり、もちろんそこには命の危険を冒すというリスクも存在している。
しかしこの街の周辺は、王都という事もあり強い魔物の街への襲来を阻止すべく、定期的に強い冒険者たちによる巡回を行い適切な間引きもしていると聞いた。
現に、ここ一年弱は、怪我やそこから引退の話に繋がるような事は聞いた事があったが、命を落としたという話は聞いた事がない。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
話し出したのはミランさんだった。
その声に、周りのざわめきが小さくなる。
「現在ギルド長は用事で王都を離れております。副ギルド長も席を外していますので、私が代わりに現在の状況と緊急招集についてお話させていただきます」
彼女は、そう言うと横に視線を向けて小さく頷いた。
彼女の目の先には、別のギルド職員がいる。
彼女が魔法を発動し、水鏡が宙に浮かび上がった。
そこに更に別の職員が、光魔法で何かを映すし出す。
それがこの周辺の地図だとすぐに分かったのは、新しい依頼についての話をしてくれる時、ミランさんがいつも見せてくれる地図と同じものだったからだ。
「昨日、森の外に出てきている数体の魔物の目撃情報がありました。B級冒険者によって組織された先発隊は、それらの魔物の街への侵入を阻止後、森の中を調査。そして森では生まれない筈の魔物を発見しました」
地図には赤い点が新たに追加表示された。
おそらくそこが、その魔物を発見した場所なのだろう。
「魔物の名前は、ハイグール。グールの上位種にあたるアンデッドで、強力な臭気と体液には麻痺効果もある事を確認。接敵時には、七体が団体行動をしていました」
「グール?!」
「しかもハイクラスなんて、C級冒険者がチームになってやっと一体倒せるかくらいなのに、それが複数同時に?!」
周囲は驚きどよめいた。
冒険者のランクはSS~Gまで存在するが、Bランク以上の冒険者の数は非常に少ない。
Sクラス以上は伝説級で、Aクラスは重宝がられて貴族たちに引っ張りだこなのが現状だ。
Bクラスだって多くない。
王都には大きな脅威はないから、在住しているうちの四分の三以上は皆C以下だ。
「そして……どうにかそれらを倒して帰還した者が持ち帰った情報では、彼らの出所は洞窟で、探索魔法を行使したところ、同等の反応がまだ数十はあったと」
「そ、そんな……!」
誰かが声を震わせながら、口元に手を当てそう呟いた。
当たり前だ。
そんなものがまだウジャウジャとこの近くにいるだなんて、この街にとっての脅威以外の何者でもない。
「よって、緊急招集を発動しました。D級冒険者以下は、おそらく逃げてくるであろう森の魔物たちの食い止めを。C級以上は森の中に入り各個撃破していただきます。各個撃破が可能なように、森には結界魔法の術師を同行させ、敵を孤立させ叩いてもらうという作戦です。B級以上の冒険者には、更に森の奥、ハイグールの出所の確定とその原因調査を幾つかの班に分けて行っていただきます」
「クイナ、各個撃破組なの」
クイナが呟くようにそう言った。
まだ俺の服の裾をギュッと握っている彼女は、おそらくまだ恐怖を拭いきれていないだろう。
それでもミランさんの話をきちんと聞き、ギルドの一員として自らの役割をしようという気概を感じて、俺は彼女の身の安全の心配を思う一方で、少し誇らしくも思った。
ミランさんの説明はまだ続く。
それを聞きながら考えるのは、敵であるハイグールの事だ。
最近見たばかりの魔物である。
王城での一件は公にされていないし、ミランさんがそれについて言及する様子もないが、この短期間に本来ならば生息し得ないものが現れ猛威を振るっているという現状には、どうしたって疑わざるを得ない。
もしこれが、偶然じゃないのだとしたら。
どこから来たのかは分からずとも、明確な悪意はどこからか感じる。
俺たちの街を脅かそうとしている者がいる。
その事実に、グッと強く拳を握りしめた。
「アルドさん」
冒険者たちへの説明が終わり、傍聴者たちはこの後どうするか、装備は揃っているかなどと、近くにいる者たちと話し始めた。
俺たちも、自分のやるべき事をやらなければならない。
そう思い、手元に手をやり「クイナ、俺たちも――」と言いかけた時だった。
呼び止められて顔を上げれば、そこには深刻そうな表情のミランさんが。
「アルドさんの腕を見込んで、お願いがあります。アルドさんはC級ですが……今回はB級に同行してもらえないでしょうか」
そう言った彼女に、思わず顔を曇らせた。
街を守るために動こうとしているクイナの気持ちは尊重したい。
だが、クイナを連れてまだ脅威判定が終わっていないような場所に調査に行くのは、今までの冒険とはわけが違う。
その誘いは、あまりに危険すぎる。
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