第19話 とりあえず丸洗い
うっわー、顔がすごい真っ赤。
どうやら本当に知られているとは思っていなかったらしい。
でもまぁちょうど良かったのかもしれない。
「俺達はあくまでも一冒険者としてミランさんに良くしてもらっているにすぎない。半獣人の女性だから獣人ならでは・女性ならではの視点でクイナの意見を貰えるから勿論感謝はしているけど、俺自身は冒険者業以上の交流はしてないよ。だから俺に噛みつくよりも、彼女自身にアプローチした方が早いんじゃないかなぁ、なんて」
ずっと思っていた事だ。
そもそもレオは、周りからの評価も決して悪くは無いし、冒険者として、実力も問題ないように思う。
どっかで前に二人は幼馴染だという話も聞いた気がするから、俺なんかよりも……というか、他と比べてかなり心的距離は近いんだろうし、彼女は他の冒険者たちからの人気も高いわけだから、直接アタックを掛けた方が周りへの牽制とか彼女の気持ちとか、色々諸々いいのでは?
というのは、会うとしたら周りに人が居る場だったし、わざわざ言うまでもないかなと思ってずっと言わずに今日まで来た。
それ程親しい訳でもなかったし。
でもまぁ今日みたいにクイナに対して強く出られるのは、あまり良くない。
少々の口の悪さは良いとしても逆恨みされると困るので、とっとと脅威の可能性は潰しておくに越した事はないだろう。
……もしかしてちょっと、クイナに対して過保護すぎ?
いやでも彼には一度街中で急に戦闘を仕掛けられた過去もある訳で、事前対処は必要なことだ。
間違ってない。
やり過ぎじゃない……筈。
「アルドー、この人、ミランさんとクイナを引き裂くの?」
「引き裂かないだろ、多分。そんな事をして彼女に嫌われたら嫌だろうし」
コテンと首を傾げたクイナに答えつつやんわりとレオをけん制すると、やっと思い至ったのだろう。
彼から「うっ」といううめき声が聞こえた。
対するクイナは「ふぅーん、なの」と少し考えるそぶりを見せる。
「クイナ、前にこの人のこと、ミランさんに聞いたことあるの! 一番仲良しって言ってたの!」
「えっ、本当かっ」
「うんなの! クイナはアルドと仲良しって話したら、『私にもそういう人が居るの、お揃いね』って言ってたの!!」
確かに前にそんな風な事を言っていた。
その時たまたまギルド内に居たレオを指さして言ったから、その時はとても驚いたのだ。
それが正に、彼から突然道端で正々堂々のタイマンを仕掛けられた日の翌々日だったから、猶更。
その時までは、その相手がどこの誰でどういうヤツなのかを全く知らなかった。
クイナは俺を言葉の通りの意味で『仲良し』と言い、おそらくミランも他意なく受け取った筈である。
しかしどうやらこの男は、そうとは受け取らなかったようだ。
「ミランが、俺を……!」
口の中でそう呟く横顔は、かなり嬉しそうである。
でもまぁ水を差す必要もないかなと思いつつ、歩き出す。
クイナも隣を歩き出し、従うようにレオも一歩を踏み出して俺の逆隣についた。
そして何を思ったのか、「よし!」と自分に力を入れる。
「おいそこのチビ、仕方がないから俺もお前を可愛がってやる」
「チビじゃないの、クイナなの! あなたはもうちょっと綺麗に戦った方がいいの!」
「俺はレオだ。綺麗には戦わない、そんなものは二の次だ」
ミランが優しくしている相手と交流を持てば、ミランにより好印象を持ってもらえるかも。
そんな内情がまるで透けて見えるようだ。
が、俺の恩恵『調停者』が、その思惑自体に悪性と認める事はない。
俺だって別に、彼と対立したい訳じゃない。
むしろ、この街に常駐している冒険者の最高ランクがBなのだ。
その内の一人であるレオとそれなりの関係性が築ける事は、俺達にとっても決してマイナスにはならないだろう。
彼の言動の源が善であるなら、とりあえずは様子見だ。
「でもね、レオ。ドロドロよりも綺麗に勝つ方がカッコイイの! アルドがとってもいい例なの!」
「はぁ? 泥だらけで戦果を出す方がカッコイイに決まってるだろ。っていうかどうせ、オーク相手に戦って全く汚れない訳がないんだから――ってお前、全く汚れてないな」
「え? あぁ、まぁ血しぶきは避けた。クイナが臭いを嫌がるし。っていうか、そのままずぶ濡れだと風邪を引くだろ。乾かす術は?」
丸洗いしておいてなんだけど、今のレオはまだ前髪から水滴がしきりにしたたり落ちている。
濡れネズミも良いところである。
「はぁ? 無いけど」
「じゃぁちょっとそのまま。悪いようにはしないから驚くなよ?」
ずぶ濡れにした責任と驚かせたお詫びもかねて、今度は一言断っておくことも忘れずに言ってから魔力を練る。
使うのは、風と火。熱風を作り出し、レオをあっという間にカラッと乾かす。
「うぉっ?!」と声を上げた彼はしかしすぐに自分の変化に気が付いて、驚きの表情で体のあちこちを見回した。
「何だこれ」
「何って魔法だけど」
「そうじゃねぇよ」
一体何が言いたいのかと思わず小首をかしげていると、大きなため息が返ってくる。
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