第18話 成果は上々、目標達成



 空を見上げる。

 既に空は茜色。

 日が随分と傾いたなと思いながら今日の仕事を切り上げるべく、俺・アルドはケモ耳少女に「おーい、クイナー。そろそろ帰るぞー」と声を掛ける。


 俺の声に、耳がピコッと立ち上がった。

 彼女がクルリと振り向けば、彼女の足元に生えている草が波打つようにゆらりと先っちょの向きを変えた。


 獣人であり、俺なんかの何倍も臭いに敏感なクイナに教えた魔物討伐の際の自衛法。

 自分を中心に微風を発する事で、戦う事で感じる敵の血液や体液の臭いを避ける。


 本来ならば戦場での嗅覚は大事な情報源。

 『視覚や聴覚に留まらず、嗅覚も総動員して周囲の変化や索敵を行うように』とは俺の師・レングラムの教えだが、クイナの場合、少々風向きを変えたところで元々敏感な嗅覚と聴覚が容易にそれを補ってくれる。

 大してハンデにならないどころかオークのような強い臭気を発する相手を前にすると逆に鼻が麻痺して索敵能力が下がるので、必ずしも悪手にはならない。


 俺とは違って戦闘方法が主に魔法のクイナにとって、自ら汚れを回避する事自体は容易だ。

 その上彼女は魔力量がかなり多いから、このくらいの魔法なら常時発動する事にも早々苦労したりしない。

 クイナ自身、今回の課題だった『目だけはボイルせずに倒す術』を成功させて以降は一層、楽しそうにオーク狩りに勤しんでいた。


「ねぇアルド! 今日、オーク肉さんパーティー出来るの?!」


 タタタッと駆け寄ってきたクイナがワクワク顔で俺を見上げる。

 薄紫の瞳を爛々と輝かせ、両手は胸の前で握り、尻尾をゆるんゆるん、耳をピコピコ。

 そんな彼女の頭を撫でて、俺は「あぁ」と頷いた。


「出来る。それどころか色んな所に肉をお裾分けも出来るし、討伐報酬に目の販売価格も合わせれば、多分ドレス代も大丈夫だろう」

「ドレス! なの!!」


 ピョンコと飛びあがったクイナは上機嫌。

 まぁドレスにも、テンションけっこう上がってたからなぁ。

 なんて思った時だった。


「おいお前ら、そろそろ時間だが――」


 現れたレオに俺でさえ思わず「うっ」と鼻を押さえた。


 だって、元々の服や防具の原型が分からなくなるくらい血まみれの男が得意げな笑みでやってくるのだ。

 その血というのがおそらく全てあの臭いオークの物なのだから、まるで臭い爆弾の元凶のようなものであり、俺でさえそう思うのだから、幾ら風魔法をまだ発動中であったとしても、クイナが何も感じない筈もない。


「いやぁー、なの。臭いの……」


 せっかく元気だった耳も尻尾もすっかり下がり、キラキラだった目が死んで、俺の近くに寄ってきてギュッと服の裾を掴んで後ろに隠れる。

 どうやらそれでも臭いに勝てなかったようで、背中に顔が押し付けられた。

 

 スーハースーハーと大きく呼吸をしている理由に他意が無いのは分かっているが、人の臭いで口直しならぬ鼻直しをするのはちょっと変態チックなので、後でちゃんと注意しておこう。

 などと思っていると、正面から「はぁぁぁぁぁぁあっ?!」という雄たけびのような声が上がった。


 見れば、ブチ切れた表情のレオがものすごい顔でこっちを見ている。


「ま、まぁまぁレオさん。落ち着いて。知ってるだろ、獣人は臭いに敏感だ。子供なんだから耐性が無いのも仕方がないだろ」

「俺達は冒険者だ! むしろこの汚れは冒険者の勲章、出した結果を誇らしく語る事はあっても、汚れや臭い如きでそうして邪険にされる謂れはない!」

「いやぁ、ものには限度というものがあるというか……」


 砂埃や土汚れ、多少の血濡れは仕方がないものだと思うが、思わず「どうしたのそれ、血を頭からわざわざ自分で被ってきたの?」と言いたくなるような状態を勲章と言うには過ぎている。


「とりあえず、どこかで洗ってきてくれないか? これじゃぁ一緒に帰れもしない」

「別に一緒に帰る気なんて!」

「でもこの後換金するだろ? そこで勝負の結果が出るんじゃないのか?」


 彼が言っていた勝負の結果を知るためには、一緒にギルドに行って換金するのが早い。

 当たり前の流れを指摘すると、レオは「うっ」と言葉に詰まり、しかしすぐに「でもこの辺に川はない」と言う。

 あぁまぁ確かにソレはそうだな。


「じゃぁちょっとだけ、我慢しててくれ」

「は?」

「『水よ、包め。風よ、廻れ』」


 魔力を練り上げ、彼へと向ける。


 もちろん攻撃の意志はない。

 水で包み込み、風で水中を回して血を洗い流す。

 その為の魔法だ。


「もがっ?!」


 あ、やべ。

 頭から血を被っていた彼を丸洗いする為には、俺からすれば当然の対処、当然の魔法行使だったのだが、どうやらちょっと言葉が足りなかったらしい。

 驚いた彼が水中で息を吐き出し、呼吸ができなくなってもがいた。

 すぐに魔法を解除すると、崩れ落ちた彼がゲホゲホと喉を押さえながらせき込む。


「テ、テメェ、一体何のつもりで……」

「いやスマン。まさか驚くと思わなくって。でもお陰で一緒に帰れる」

「は? ……あ」


 苛立ちながら睨み上げた彼は、どうやら自分が綺麗になったと遅れて気が付いたようだ。


「これから冒険者ギルド……ミランさんの所に行くんだから、汚れてて臭いよりは綺麗な方がいいだろ?」

「は、はぁ?!」

「いやだからミランさんに」

「だから何でそこでミランが出てくるんだよ!」

「だってレオさんって、ミランさんが好きなんだろ?」

「えっ」

「え?」


 もしかしてコイツ、アレで隠してるつもりだったのか?

 本人も結構あからさまだし、周りもみんな知ってるのに?


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