第20話 勝負の結果とクイナの頬袋



「こんな魔法俺は知らない。見た感じ、風と火の複合魔法なのは分かるけどな。そもそも複合魔法自体使う為には元々センスがあるか、かなりの鍛錬が必要だし、このチビ……クイナに関しては、この年で複合魔法が使える事もあれだけ連続して魔法が使える魔力量自体も規格外。……って、分かってねぇだろ」

「え」


 確かにクイナには魔法の適性が高いとは思っていた。

 クイナの性格も魔法鍛錬向きだったから「上達も早いな」とは思っていたが、規格外と言われる程?


「まぁ自覚があったら隠すよな。そもそもあんなスパルタな所業が出来るお前も若干おかしいけどな」

「あ、いやそれは」


 レングラムにされていたようにやっただけ、つまり元凶はレングラムだ……と言いそうになって止めておく。


 そうだった。

 ルドヴィカ王国軍・第一騎士団長、当時子どもであり王太子でもあった俺に容赦なく鍛錬を施した人物。

 彼の常識もまたズレている。

 否、彼の常識がズレている影響が、そのまま俺の常識のズレに出ているんだった。


「できれば普通の冒険者として、紛れていたいんだけどなぁー……」


 ぼやくように呟けば、レオにフンッと鼻を鳴らされた。

 まるで「冗談だろ?」と言われているような気がして、本当なんだけどなぁと俺も苦笑する。


「まぁ、ミランの言う通りお前らにそれなりの戦闘力があるのは見てて分かった。Bランクには、上がれなくもない」

「別にBに興味は無いけど……俺の戦闘力なら前に、俺に倒された時からそれなりには分かってたんじゃ?」

「あ、あれは、俺も油断してたから! 本当はまた挑んでその事実を証明してやりたかったが、ミランに『やったら嫌いになる』って言われて!」


 なるほど。

 どうやら彼がアレ以降一度も直接仕掛けてこなかったのは、彼女のお陰だったらしい。

 感謝しなければならないだろう。


「っていうか、何でBに興味ないんだよ」

「今で十分懐事情は間に合ってるし、俺はクイナの安全を優先したいからな。そんな人間が上に居る事を良く思わない奴もいる。Bを名乗ってやっかみを買うのは面白くないだろ?」


 俺は、冒険者になりたいとは思ったが、上り詰めたいとは思っていない。

 それなりにできればいいと思っている人間で、そういうヤツはその道を究めたい人間にとっては目障りなものだ。

 王城時代もそういったやっかみの現場を少なからず目撃する機会があったため、その辺はよく理解している。


「Bというランクは、Bを名乗るに相応しい心意気を持った人間が名乗るべきだと思っているから、気持ち的に足りていない俺が名乗るのはちょっと、な。まぁもし将来クイナが自分で理由を見つけて名乗りたいと思った時にはチャレンジさせるかもしれないけど」

「フンッ、そうかよ」


 チラリと彼を盗み見れば、仏頂面をしながらもどうやら一定の納得は得たように見えた。

 これで今後、ランク云々のマウントを取ってくる事も無くなるかな。

 俺にその手のマウントは無意味だって多分分かっただろうし。


 そんな風に思っていると、彼は「まぁ」と言い胸を張った。


「今回の勝負は俺の方が勝ちだろうし? お前らがこれ以上目立つ事も無いだろ」

「そんな事ないの! クイナ頑張ったの!」

「ふぅん? じゃぁ一体何体倒したんだ、言ってみろよ」


 俺を挟んで、レオの言葉にクイナが食いつく。

 ニヤリ顔で見下ろしたレオに、クイナは「えーっと」と首を傾げた。

 そして俺を見上げてくる。

 数なんて覚えていないのだろう。


「確か、クイナは32体」

「えっ」

「俺は35体だったかな」

「は?」


 クイナは前半、魔法が成功するまでの試行錯誤があったし、俺は後半クイナが魔法を連続成功させていたからただの監視員状態だった。

 それを踏まえれば妥当な数だと思ったのだが、レオは一体何にそんなに驚いているのか。


「レオは何体なの?」

「……体」

「? 聞こえないの」

「29体!! でもまだ分からないからな! 数え間違い、覚え間違いっていう可能性もあるし!」


 そんな負け惜しみを吐いた彼はと言うと、結局この後ギルドで集計結果を聞き、膝を折って崩れ落ちた。

 

 集計間違いだとは流石に言えなかった。

 数えたのが、何を隠そうミランだったから。


「ま、負けた……」

「いやまぁ運もあるからな? そもそも出会ったオークの数がたまたま俺達の方が多かったっていうだけで」

「でもお前らは、途中で優雅におかし休憩も挟んでただろうが。ぶっ通しでやってた俺にはどうやっても言い訳つかねぇし、そこまでの悪足掻きは流石にカッコ悪いだろ……」


 ショックを受けつつも、どうやら彼は己の負けを認めるらしい。


 誰でもない彼自身がそう決めたのなら、俺としては何も言う事はない。

 崩れ落ちた彼の肩にクイナがポンッと手を置いたのを、苦笑気味で「やめなさい」と制していると、顔を上げた彼にこう言われた。


「おいアルド、お前、今後は俺を『レオ』と呼べ。仕方がないから認めてやる」

「えっと、ありがとう?」


 少なくともこれ以上のやっかみを買って騒動になる事は無さそうなので、ホッとする。



 因みにこの日、俺達三人で合計して96体ものオークを討伐したが、基本的に周期がキツいオーク退治を喜んで買って出る人は居ない。

 その上、一回のオーク退治につき10匹が平均。

 基本的に群れは狙わず単独撃破の戦法でいく、無理はせずに着実に討伐するのがオークへの向き合い方だという話を聞けば、今回の討伐数が規格外だった事は言うまでもない。


 一日にしてかなりの数を狩られたオークは当分の間なりを潜め、必然的にオーク退治の依頼は掲示板から当分の間消える事になった。

 魔物の解体所は当たり前のようにオーク処理にてんてこまいになり、オークの目玉の生薬は街に潤沢に出回り、俺達のドレス代金もスッキリと支払われ、オーク肉を美味しく頂いたクイナの頬袋も、無事パンパンになったのだった。


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