第三節:クイナ、初パーティー!

第21話 ついに今日が来てしまった



 朝目が覚めて、げんなりとした。

 寝ぼけ交じりに「このまま起きれなかったという事にしてボイコットするのも手かな」なんて思って、掛け布団の中で半身で体を丸めたが、まるで示し合わせた様にズシッと重みが上から掛かる。


「アルド!」

「うーん……」

「アルド! 朝なの! パーティーなのっ!!」

「うーん……」


 分かっている。

 今日がパーティー当日だ。

 分かっているからこうしてベッドで丸まっている。

 だってこのベッドから出たら、今日という日が始まってしまうじゃないか。


 布団の上から俺の顔を覗き込んできた、寝癖付きクイナと目が合った。

 それでも再び目を瞑ると、おそらく不服だったのだろう。

 今度はベッドが大きく揺れ出す。


「アールードォー!!」

「あー、もう分かった分かった! 分かったからベッドの上でジャンプするな! 脳が揺れる!!」


 仕方がなく、体を起こす。

 先にトッと床に飛び降りたクイナが今にも駆けだしそうな様子で「今すぐ行くの!」と張り切るので、思わず小さくため息を吐いた。


「とりあえず、まずは顔を洗って歯磨きをして、ご飯を食べてそれからな」


 今日という日が、ついに始まってしまった。




 食事を食べて家を出る。

 服装は、見栄えがしない冒険者服だ。


 実は、ドレスはダンリルディー商会に置いてある。

 お金を工面して払いに行った時に「クイナさんのヘアメイクはどうしますか?」と尋ねられたのだ。

 そうだよな、クイナも一応女の子だし、髪もおめかししたいよなぁと、ダンノに言われてから気が付いた俺が、思わず返答に詰まっていると、ダンノがすかさず「一緒に手配するので、もううちで着替えていけばいかがです?」と言ってくれた。


 俺達は、来賓とはいえ王城からの馬車の迎えなどは無い。

 出すと言われたが、街中でそんなものに乗ったりしたら目立って仕方がないだろうし、後日質問攻めにあうだろう。

 だから断った。

 自分で普通の馬車を呼んでいく事にしているので、出発場所を急に変えても特に問題はない。


 ダンノの言葉に甘える形で諸々の手配をお願いしたので、俺達が今日朝から目指すのはダンリルディー商会だ。



 ◆ ◆ ◆



 商会に着くと、既にダンノが待ってくれていた。

 こちらにどうぞ、と通された先は、前回にも来たVIP用の部屋である。

 ここには応接用のスペースの他にカーテンの掛かった個室があって、試着などはそちらでするようになっている。

 部屋に付けられているのは一つだが、クイナは一応女の子なので彼女にそっちを使ってもらって、俺は普通に応接室で着替えさせてもらう事になった。


「お手伝いしましょうか?」


 クイナには、一人女性の従業員が付いてくれている。

 おそらくダンノが俺に言ったのは、俺に着替えの手伝いが必要かという意味だろう。


 一瞬ドキリとする。

 王太子時代は一応執事もメイドも側についていた身だ、着替え一つを取ってしてもだいたい介添えが居た。

 用意されている衣装が衣装だからなのか、不意にその時の事が思い出されて「カマを掛けられているのか」と思ったのだ。


 が、すぐに思い直す。


 多分杞憂だ。

 きっと慣れない衣装を着るからと、手を貸した方がいいかを聞いてくれたのだろう。

 一瞬、どう答えればいいかと考える。

 そもそも騎士団に混じっての訓練や遠征などをしていたから、身の回りの世話はあの時から一人出来たし、実際に今はもう、もちろん一人で着替えている。

 当時と似たような服を着るからといって、着替えを手伝ってもらう必要は無いし、そもそも一般人は「手伝おうか?」と言われて「手伝って」と答えるだろうか。


「いや、大丈夫です。ありがとうございます」


 考えた結果、辞退する事にした。

 彼は特に気分を害した様子もなく「そうですか」と微笑んでくれる。


 ほらやっぱり、便宜上聞いただけだった。

 ダンノさんの反応に安堵しつつ服を脱ぐ。

 ズボンを変えて、シャツを変えて、テキパキと着替えを済ませていく。


 クイナの服には凝ったものの、俺の服は既製品だ。

 服の質も、当たり前だが王太子時代の時のようなものではない。

 それでも着れれば、場をそれなりに取り繕えれば問題ない。

 そう思い、「クイナの服と合う色合いで」と難しいところはダンノさんに任せて用意してもらったのがこれだ。


 特に変わったところはない。

 深緑の生地のズボンに白いブラウス。上着も深緑だが、申し訳程度に黄色の糸で蔦のような刺繍がされている。


 落ち着いた雰囲気の服だと言える。

 手足を少し動かしてみるが、動きにくいという事も無い。

 生地も仕立てもオーダー通り。

 下級貴族のような風体で、これなら多分会場でも悪目立ちしないだろう。

 流石はダンノだ。


「うん。大きさもピッタリですね」


 満足そうな彼に頷く。


「やっぱりダンノさんにお願いして正解でした」

「そう言ってもらえると商人冥利に尽きますね。しかしこちらに色々と任せてくださった上でこれほど金払いの良いお客様に出会えた事は、私にとっても嬉しい事です」


 別に「何でもかんでも丸投げしてくるな」という感じではない。

 むしろそれを喜んでいる様に見える。

 つまり、少なくとも今のところは互いにいいギブアンドテイクが出来ているという事なのだろう。


 これからもそうありたいものだ。

 クイナもメルティーと仲良くしてもらってるしな。


 そう思った時だった。

 耳にシャッと、カーテンを引く音が届く。


「アルド、着替えたの!」


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