第22話 おめかしクイナはお姫様?



 テテテッと現れたクイナは、先日注文していた通りの見事な『トマト』ドレスだった。


 黄緑色の生地のシンプルなドレス。

 しかし右下に大きなトマト、襟元に小さなトマトがそれぞれ刺繍されている。

 足元は子供用のつま先が丸くなっているヒールの無い黄色シューズで、その留め具にもトマトを模したコサージュが。


「パフスリーブっていう名のフワッとしたフォルムの袖で、クイナさん可憐さを演出しました」


 満足げなダンノの説明通り、確かに半袖の腕の所がふんわりとボリュームが出るような縫製になっている。

 

 肩ほどまでの黄金色の髪は後ろでハーフアップにされており、結わえた部分には小さめの黄色いユリを中心にした生花飾りが刺されているが、なるほどな。

 確かにこれも『トマト』である。

 

「トマトのお花に似ているの!」

「確かにそんな花が咲いてたな」


 サイズこそ少し大きすぎるものの、ドレスに刺繍されているトマトと並べてみればちょうど相応の大きさかもしれない。

 黄色のシューズはもちろんトマトの花との色合わせだろうし、黄緑のドレス生地に至っては、確か「トマトの葉っぱと同じ色」だった筈だ。

 実は先日、クイナが「トマトの葉っぱは真緑なの!」と黄緑ではなく緑を押しに押していたが、こっちにして正解だ。

 これも、ダンノが機転を利かせて「ほら、若葉は明るい緑でしょう? まだ若いクイナちゃんとお揃いで、とっても良いと思うんだけどなぁ」と説得してくれたお陰である。


 少々斬新なデザインになってしまったから悪目立ちが若干心配だが、何だかんだで可愛くまとまっているし、何よりもクイナが気持ちよく着れる事が先決だ。

 特に今日は会場ではいい子にしていないといけないのだから、猶更である。


「アルドー、可愛いのーっ!」


 言いながら、嬉しそうな顔でクルンと一回転してみせてくれた。

 間違いなく感想を要求してきている。

 その証拠に、耳はピコピコ尻尾もフリフリ。

 キラキラとした期待の眼差しで、まっすぐ俺を見上げてくる。

 褒めを期待しているのは間違いない。


 ポンッと頭に手を置いた。


「うん、可愛い」

「えへへーなの」


 実際に、めかし込んだクイナは可愛い。

 耳や尻尾も、昨日は特に念入りにお手入れしたからだろうか。

 いつもより一層ツヤツヤしている気がするし、何より今、自分から要求しておいて照れたようにへにゃりと笑うから更に可愛い。

 

 いや、多分少しは保護者役のひいき目もあるだろう。

 なんて独り言ちていると、クイナにクイッと服を引っ張られた。


「うん? どうした」

「しゃがむの」


 何だろう。

 そう思いつつ腰を下ろす。

 すると彼女に耳打ちされた。


「アルドも、中々似合ってるの」


 キョトンとしながら彼女を見ると、彼女は「いたずらが成功した」とでも言いたげに、両手で口を押さえながら「ふふふっ」と笑われた。

 その表情に若干の照れが垣間見えるから、まぁお世辞ではないのだろう。


 今まで何度もこの手の服を着てきたが、お世辞抜きで「似合っている」と言われたのはもしかしたらこれが初めてかもしれない。


 称賛だ、ここはありがたく受け取っておこう。


 心に小さな温かさを抱えつつ、俺はそう思ったのだった。



 ◆ ◆ ◆



 馬車に揺られつつ、王城へと向かう。

 向かいの席で、窓から流れる外の景色を眺めつつ、尻尾を右へパタンコ、左へパタンコとさせているクイナは今、上機嫌だ。


 理由は色々あるのだろうが、おそらく出発直前に会ったメルティーに「クイナちゃん、お姫様みたい!」と言われた事が大きいだろう。

 さっき、思い出したように「お姫様……」と言いながらニヤニヤしていたので、十中八九間違いない。


 が、あまり嬉しさに浸ってもらうのもちょっと不安だ。


「なぁクイナ、昨日話した事はちゃんと覚えてるか?」

「うんなの! 『走っちゃいけません』『騒いじゃいけません』『ご飯を頬張っちゃいけません』なの!」


 俺の声に振り返った彼女は、指を折りながらひとつずつ答える。

 意外とスラスラと出てきた上に、全問正解。

 ちゃんと覚えていて偉い。


 が、これからそれを実行できるかが問題だ。

 その為にも、ご褒美は用意しなければ。


「お行儀よく、いい子で居るんだぞ? そしたら明日『天使のゆりかご』でプリンパーティーだ!」

「プリン、パーティー……?!」


 絶対に喜ぶと思ってした提案だ。

 若干のドヤァ感が出てしまうのも仕方がない。


 が、え、何で真顔?


「プリンパーティー、なの?」

「あ、あぁ」


 クイナがズイッと顔を寄せてくる。

 あまりに急に詰め寄ってきたから反射的に仰け反ると、更にクイナがズイッと近づく。


「ほんとに、プリンパーティーなの?」

「そ、そうだけど」


 耳のすぐそばでダンッと音が鳴る。


 席の上に俺を跨ぐようにして立ち、すぐ後ろの壁に片手を突かれて逃げ場がない。

 っていうか、え、何この状態。


「出来るの?」

「まぁ、事前に言っとけばな」

「知らなかったの」

「いやそのなんだ、嫌なら別のパーティーでも良いけど」


 ずっと真顔だから何かが気に障ったのだろうと思ってそう提案すると、真顔のままクイナは牙を剥くようにしてクワッと言う。


「プリンパーティー! 絶対なの!!」

「あ、はい」


 半ば強制的に返事をさせられれば、どうやら満足したらしくすぐに元のように座り直す。

 顔こそ真顔のままではあるが、耳なんかもう残像が見えるくらいの高速ピコピコ状態だし、尻尾はピピーンと立ちっぱなしだ。


 間違いなく、喜んでいる時の反応である。


「あの、クイナさん? 何でそんな顔してるんですか?」


 おそるおそる、そう尋ねる。

 思わず敬語になってしまったが、気にしている暇もない。

 

 クイナは自分のほっぺたを両手でパシッと包み込むと、もみほぐすようにくるくると回す。


「クイナ、パーティーはオーク肉さんしか出来ないと思ってたの。すっごく嬉しいの。嬉しいが飛び越えすぎちゃって、クイナの顔、死んじゃったの」

「うん?」


 つまりクイナの嬉しいが振り切れちゃった結果がこの真顔、という事だろうか。

 どんだけ嬉しいんだ、お前。


「絶対にプリンパーティーなの。もうこれは譲れない戦いなの」

「あ、はい」


 こうして馬車は王城へと刻一刻と近づいていく。


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