第23話 王城へ、ルンタッタ
ノーラリアの王都はかなりフレンドリーな雰囲気だったけれど、貴族・王族は必ずしもそうという訳ではない。
他国との貿易には「独自通貨でのみ取引する」と言うし、王族たちは公の場では頑なに独自言語を使う。
それはつまり、この国との取引にはわざわざ通貨を換金し、通訳を通して交渉する必要があるという事だ。
正直言って、ものすごく面倒臭い。
それでもその国の風習ならば仕方がないと以前は付き合っていたのだが、平民たちが普段から使うのは共通通貨と共通語だと知ってしまった今、あまり印象はよろしくない。
少なくともこの国の上層部は、国同士の取引において自分たちの都合に相手をつき合わせることで精神的優位性を保ちたいのだろう。
たしかに有効な手だとは思うが、自分に合わせてくれる相手としか付き合わないという、ひどく権威的で権力的な内情を思わせる。
――まぁもしかしたらあっちには、悪気はないのかもしれないけどな。
結局のところ、一所にどっぷりとつかって育つと物事の基準はそこになるのだ。
自分の知っている慣習と違えば違和感を覚えるし、その裏にあるものを勘繰る。
しかし他国に対する権力の誇示を『伝統』の一部だと捉えているというのなら、古き良き慣習に倣う事で国の歴史を敬うための行動なのかもしれない。
「アルドー」
外交における言語と通貨の頑なな固持は、協調性を欠くのと同時に他におもねる事をしない意思表示だとも言えるし――。
「アールードー!!」
「え、ちょっと何、今考え事を――」
「もう着いたの!」
「あ」
言われた通り、確かにもう馬車は止まっている。
窓の外を見れば、ちょうど王城への最初の門の前だった。
扉は開け放たれているが、俺達が乗ってきた馬車は平民用の辻馬車だ。
この先は、貴族紋が入った馬車と納品などの用途で来た馬車しか入れない。
どの国でも大体そうである。
馬車から降りて御者に礼を言い、速足でやってきた門番を見て懐から今日のパーティーの招待状を取り出す。
「生誕祭に招待を受けているんだけど」
「……確認します」
門番から「辻馬車で来るようなヤツが、生誕祭に招待ぃ?」という心の声が透けて見える目で値踏みをされ、思わず苦笑してしまう。
が、こればっかりは仕方がない。
そもそも王城からの迎えを断ったのはこちらなのだ。
この目とこれから王城まで歩かなければならない事を加味しても、街中で妙な目立ち方をしたくなかったのだから仕方がない。
門番は、目を皿のようにして招待状を確認していた。
まぁ、別にどうしても行きたい訳じゃない。
もし万が一何か不備があってここで止められたとしたら、ただ帰るだけだ。
唯一、パーティーを楽しみにしているクイナには若干申し訳ないが、そんなもの幾らでも挽回が利くだろう。
「……通っていい」
「どうも」
「どうもなのー」
どうやら不備は見つからなかったようだ。
戻された招待状を受け取って労いを込めて軽く答えれば、クイナがすかさず真似をしてきた。
が、俺と同じく軽い口調で涼し気に言った彼女に、面食らったのは門番だ。
彼はどうやら子供に若干の上から目線とも取れる言葉で労われた事に、何か思う所があったらしい。
口をへの字にして目をパチクリ。
そんな彼を盗み見て、俺は笑いをかみ殺した。
しかしそんな事を気にも留めないクイナは王城門の直前で両足を揃えて立ち止まる。
「お城にぃー……INなの!」
言いながら王城門を中へとぴょんと飛び入る彼女は、まだ何も始まっていないというのにもう楽しげだ。
「城とは言っても、城内まではまだまだだけどな」
通常城は、外的からの侵入から身を守るために三つの城門を経た場所に立っている。
門の数が多くなるのならば未だしも、少なくなる事はおそらく無い。
普通ならば、子供の足には遠い。
が、普段から森をズンズンと歩き、探索し、採集し、討伐している人間からすれば、周辺警戒をする必要が極めて少なく道だって平坦なこの場所は、かなり歩きやすい部類に入る。
「お散歩なの!」
「時間に余裕は持たせてるけど、寄り道する暇はないからな?」
「分かってるの!!」
言いながら、クイナは「レッツゴーなの!」とこぶしを突き上げ耳をピコピコ、尻尾をフリンフリン。
上機嫌に歩くクイナを「何でそんなに楽しそうなんだか」と後ろから苦笑気味に眺めていると、クルリと振り向いたクイナがテテテッと寄ってきて俺の手を取る。
「元気よく行くの!」
「普通にしてろー」
どうせ王城につくまでだ。
ブンブンと前へ後ろへと振り回される繋がれた手を好きなようにさせてやりながら並んで歩き、二つ目の門を越え、三つ目の門を越え、王城の玄関口で通算四回目の招待状チェックを受けていたところで、何やらクンッと服が引っ張られた。
「どうしたクイナ」
「大変なの」
何かに釘付けになりながら言ったクイナに、俺も「え、何が」とそちらに目をやる。
そして理解した。
あぁまぁ大変というか、たしかにちょっと異様だよな。
目の前に、いつか街中で俺達を追いかけまわした銀色のフルメイル集団の姿があった。
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