追放殿下は隣国で、じきに素性がバレちゃいます?! ~国の未来はもう背負わない。だってただの冒険者だし~

野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中

第一章:変な人に追いかけられた

第1話 街中運動会(マジ)



 もしも自由な身になれたなら、やってみたい事が幾つもあった。

 例えば街中で買い物をして食べ歩きをしたり、だだっ広い草原で時間を忘れて昼寝をしたり。

 王太子時代には決してできなかったを、近頃俺は満喫している。


 もちろんトラブルだってある。

 しかしそれさえも楽しいのは、きっといつも隣に居てくれるこのキツネっ子の天真爛漫さのお陰だろう。

 しかし、しかしだ。

 

「アルド凄いのっ! とっても速いのー!!」


 何事にだってという物が存在する。

 例えば突然街のど真ん中でフルメイル装備の一団に訳も分からず追いかけられたら、誰だって真顔で逃げるだろう。

 そりゃぁもう一目散に。

 そりゃぁもう、わき目も振らずに。


 にも拘らず、今俺の小脇に後ろ向きで抱えられたクイナは、手足プラーン状態でキャッキャキャッキャと喜んでいた。

 最早「天真爛漫」というより「こちらの気も知らないで」だ。


 ドドドッドドドッと、後ろから馬の蹄の音が迫ってくる。


「待ぁてぇーい、アルドォォォォォ!!」


 いやだから、何で俺の名を知ってるんだ。

 俺にフルメイル姿の知人は居ないぞ!

 何なら追いかけられる理由もない!!


 街中を全力疾走していると、途中で不思議そうな顔の串焼き屋のおっちゃんや商談帰りのダンノなんかが「おや?」という顔こっちを見ていた。

 知り合い以上にお世話になっている人たちだ、出来れば挨拶したいけれど生憎今はそんな余力なんて無い。

 ちょうど彼等を見つけたクイナが両手をブンブンと振りまくっているので、挨拶は彼女に任せておいて、俺は身体強化の魔法を更に重ね掛けする。



 しかしあのフルメイル、どこかで見た事がある気がする。

 一体どこで見たんだけっけ?

 ここに移り住んでからもう半年は過ぎたけれど、その間は多分見なかった。

 ともなれば、やはり王太子時代にどこかで――。


「……あ」


 思い出した。

 もうおそらく、5年ほど前。

 自国に他国の重鎮たちを複数招いて開いたパーティーで、とある国の王子がしきりに自国の騎士を自慢していたのだ。


 たしか、何者にも負けぬフルメイル集団。

 名前はえっと……。


「『重強おもつよガッシャンコ軍団』!!」

「きっさまぁーっ! 一体どこでその不名誉な呼び名を聞いたぁぁぁぁっ!!」


 アハ体験に思わず声が大きくなったのがいけなかった。

 フルメイルだから顔は確認できないが、先頭の男があげた声は明らかに怒気を孕んでいる。

 触れてはならない場所だったのだ。

 だけどもう、今更気付いたって遅い。



 フルメイル男の手綱さばきで、足を担う馬の速度がさらに増した。

 脇に抱えたクイナに目をやり「口、閉じてろ?」と忠告してすると、耳をピピンとさせた後、彼女は両手で口をパシッと押えて「うんなのっ」と頷いた。 


 うーん、惜しい。

 舌を噛まなければいいだけで、静かにしてろという意味じゃない。

 でもまぁ良いか、とりあえず。


 迫って来る馬に追いつかれない様に、強く地を蹴って上に飛ぶ。

 屋根に着地し、また走り出す。


 どちらにしても、元王太子が隣国とはいえ王城の騎士と関わって、良い事なんて多分一つも無いだろう。


 速いといえど、相手は馬だ。

 屋根伝いに走れば撒けるだろう。

 ホッと胸をなでおろしたのだが、それも一瞬の事だった。


「『重力軽減グラビティ―・マイナス』『発射ランチャー』!!」


 掛け声の様な詠唱と共に、騎乗していた先頭騎士が馬から屋根に


「えぇーっ?!」


 発射ランチャーなんて、普通は物に使う魔法だ。

 あんな乱暴な魔法の使い方をするなんて、しかもわりと慣れた感じで屋根に着地するとすぐさま走って追いかけてくるなんて、一体誰が思うのか。


 重そうな鎧を着こんだまま腕を大きく振り、ガシャンコガシャンコと足を高速回転させている彼からは、ズモモモモモッと必死の形相が透けてみえる。

 一体どういう執着だ。

 っていうか、執着され過ぎていて別の意味で怖い!


 だというのに。


「ガッシャンコが追いかけてくるのーっ!!!」

「わーっ、お前火に余計な油を――」

「きっっっさまぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 元々警戒心の薄い子ではあったけど、もしかして先日の誘拐事件のせいで、変な耐性でも付いたのだろうか。

 フルメイル男の必死な様に、ボリュームたっぷりのしっぽをポフポフと振って俺に当てながら喜んでいるし、何なら両手を振っている。


 大丈夫だろうか、うちの子は。

 流石にこれ以上ガッバガバになられると、俺も心配なんだけど……。



 思わず口からため息が漏れた。


 っていうか、ホントに何でこうなったのか。

 いつもと変わらぬ一日だった筈なのに。

 少なくとも朝は、まだこんな珍事の片鱗さえ感じさせはしなかったっていうのに。


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