第25話 立ち居振る舞いはどうしようもない



 会場内へと足を進めると、まずクイナが「ほわぁぁぁ!」と感嘆の声を上げた。

 

 広くてきれいな部屋に、大理石の床。

 部屋を飾る調度品もカーテンも、天井からぶら下がるキラキラとしたシャンデリアも、その全てが一級品の室内に、美しく着飾った人々が思い思いに談笑している。


 俺にとっては見慣れた光景だ。

 しかしおそらくクイナにとっては、初めて見るものばかりだろう。


「アルド、アルド!!」

「ん?」

「キラッキラなの!」

「あー、そうだな」

「世界にはたくさんお姫様が存在したの!!」

「これでもこの国だけだから、世界にはもっとたくさんいるけどな」

「世界は広いのー!」


 しきりに「すごいのー!」と目を輝かせる彼女を見下ろしつつ「いや、この空間だけで世界を語れるクイナこそ、俺は凄いと思うけどな」とちょっと笑う。


 が、俺もあまりクイナを笑ってばかりはいられない。


「見かけない顔ですが、一体どちらの家の方?」


 弾むような声に振り返れば、にこやかな女性がそこに居た。


 衣装に使っている生地はそこそこ、顔もはっきりとした目鼻立ちの美人だ。

 おそらく伯爵家辺りの令嬢。

 取り巻きの令嬢を侍らせている彼女はおそらく、それなりに自分が上手く着飾れているという自信があるのだろう。

 自信に満ちた立ち居振る舞いだと言っていい。

 

 普通の貴族男児は、こういう令嬢を見て「美しい」と頬を染めるのだろうな。


 ただ率直に、彼女にそんな感想を抱いた。

 が、如何せん俺の好みとはかけ離れている。

 特ににこやかでいて目の奥に相手への値踏みが見える所なんて、ザ・社交界の女という感じがしてとてもじゃないが好感は持てない。

 まぁ、そんな事に気付く男性が、この会場内にどれだけいるのかは分からないが。


「申し訳ありません。私には名乗れる家名がありませんので」

「え?」


 久しぶりの作り笑いが引きつってはいないだろうか、などと思いながらそう言葉を口にすれば、予想外の物言いに女がキョトンと目を丸くした。


 ほんの一瞬「貴族の中には平民を蔑む者もいる」というのが頭をよぎったが、嘘をつくわけにもいかない。

 というか、どうせ後で勲章の授与の時に呼ばれて公衆の面前に出なければならないのだから、嘘をついたところで意味はない。


 むしろ反感を買う可能性を考えれば、俺に選択肢なんて存在しない。

 今の俺にできる事といえば、精々がなるべく相手を怒らせないように言葉遣いに気を遣う事くらいの事しかないのだ。

 だから笑顔で心を塗り固め、告げる。


「私、今日は陛下から特別措置でこのパーティーに招待いただきました冒険者なので、貴族ではないのです」

「あぁ、確かそのような話もありましたわね」


 思い出したような声を発した彼女は、改めて俺を、今度は先程までよりも余程あからさまに値踏みした。


「おかしいですわね、立ち居振る舞いなどから間違いなく良い家のご子息だと思ったのですが……」


 思わずギクリと肩が揺れそうになる。

 が、もしやらかせば間違いなく見逃してはくれないだろう。

 王太子時代に培った鋼の精神でどうにか衝動を抑え込み「光栄です」と微笑みながら、心の中では「どうしたものか」と考える。


 思えば名前も、以前のままそっくりそのまま使っているのだ。

 今までは冒険者という王太子とは交わり様の無い身分と恰好だからこそバレなかったという部分もあるんじゃないだろうか。

 だとしたら、今のこの状況は、俺が思っているよりも余程素性がバレる危険性を多く孕んでいるのでは……?


 まぁもしそうだとしても、今後の生活を考えれば回避する術はなかったわけだが、立ち居振る舞いから分かると言われてしまうと一体どうすれば良いのか分からない。

 そんなもの、そもそも体に染み付くまで教え込まれたものたちなのだ。

 周りの常識以上に俺自身にはどうしようもない。


 と、なれば。


「申し訳ありません。呼ばれていまして」

「あらそうですの。残念ですわ」


 当たり障りのない言葉で暇を告げて、終始不思議そうな目で俺を見上げていたクイナの手を引いてそそくさとその場から立ち去る。


「アルドー?」

「ん?」

「呼ばれてるの?」


 薄紫色の瞳が雄弁に「誰に、なの?」と語っている。

 

 まるで疑いのカケラも宿していない、純粋な瞳だ。

 流石にこれに嘘は付けない。

 

「アレは方便だ」

「ほうべん、なの?」

「あの場を切り抜けるための嘘」

「嘘はダメなの!」


 最初こそ疑問顔で聞いていたが、嘘と聞くとすぐさま怒られた。

 日頃の教育の賜物だ。

 まっすぐに育ってくれて嬉しいが、何事にも例外というものがある。

 それを教えるのも大人の務めだ。


「あー、うん。まぁ通常はそうなんだけど、今回は仕方がない」

「そうなの?」

「全ては俺達の街での暮らしを守るため。ひいてはオークパーティーとプリンパーティーとスライムゼリーを守るため!」

「なら仕方がないの!」

「そうだろ?」


 分かってくれて何よりである。 


 ともあれ、だ。

 どうにか令嬢たちの輪から抜けたものの、さてどこに行くか。

 実際に呼び出されている訳ではないので、行先に悩まねばならない。


 あいさつ回りの必要がないパーティーになんて、もちろんこれが初参加だ。

 社交パーティーは社交をするため――つまり、人との人間関係を繋ぐための催しなのだから、主目的を無くせばそもそも他にできる事も少ない。

 他にあるとすれば……あぁ。

 精々飲食スペースで食事を摂ることくらいか。


 辺りを一通り見渡せば、会場の脇に真っ白なクロスの掛かったテーブルが並ぶエリアを見つけた。

 ビュッフェ形式の食事がズラッと用意されており、まだ王族の入場もなく本格的にパーティーが始まる前とあって、人はまだかなりまばらだ。


「クイナ、さっそくご飯だ」

「ご飯なの!」


 という事で、来てまだ何もしていないが、とりあえず腹ごしらえである。

 


 

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