第26話 クイナのお野菜チェック
思えばこうしてゆっくりとビュッフェをつつくのなんて、初めてだ。
なんせこういう場に参加する時は、決まって王族として周りの貴族や他国の王族への対応に追われていたからな。
自分でこうして大皿からメニューを選ぶのはとても新鮮である。
パーティー会場の料理は、全て大抵一口サイズ。
その常識に沿った料理がずらりと並べられているのを、俺は「へぇ、こんな感じなのか」と感心しながら眺めた。
対するクイナはというと、キラッキラと目を輝かせている。
「いっぱいなの。可愛いの。そして何より美味しそうなの……!」
確かにこういう料理は味だけではなく、見た目にも気を使っている。
言われてみれば可愛いと言えない事も無い。
「食べ放題、贅沢さんなの!!」
「食べれる分だけ取り皿に乗せて食べるんだ。取りずぎには注意、はしたないからな」
「欲張りさんは、良くないの?」
「そういう事だ」
「分かったの!」
物分かりの良いクイナは、耳をピピンッ尻尾はご機嫌にフリンフリン、ついでにピシッと手を上げて、良いお返事をしてくれた。
そして真剣顔でムムムッとズラッと並ぶ食べ物たちとにらめっこする。
この中で何を選ぶのか。
気になって見守っていると、まず最初に手を伸ばそうとしたのはお肉。
が、肉と言っても種類は幾つもある。
特定の一つを選ぶ直前で、クイナの目と手が右往左往した。
間違いなく、決め切れていない様子だ。
まぁクイナの気持ちも分からなくはない。
肉そのものも味付けもそれぞれに趣向を凝らしている様子なので、どれをとっても美味しいだろう。
故にどれを食べるべきか迷うという気持ち自体には、むしろ同意も出来る。
「とりあえず、一切れずつ取って食べ比べるっていうのはどうだ?」
「アルド、いつもは一個だけって言ってるの」
「普段はこんな一口単位で注文は出来ないからな」
あくまでも今日は特別だというニュアンスで伝えれば、クイナは「なるほどなの」と真剣な顔で頷いた。
一切れずつ皿に乗せる彼女を確認しながら、俺も自分の食べるものを適当に取る。
一口サイズに切ったミートパイに鳥の香草焼き、温野菜、魚のムニエル、その他諸々。
自分なりに食事のバランスを考えて取ったつもりだが、こうして何を取ろうかと自分で悩むのも、ちょっと楽しい経験だ――なんて思いながらクイナの皿を見て、思わずフッと笑ってしまった。
クイナのさらには、肉と甘い物しか乗っていない。
案の定というか、何というか。
改めて好みに素直な子だなぁと思う。
でもまぁいつもはちゃんと野菜も食べてるわけだし、今日の所は勘弁して……。
「って、あれ。野菜も乗ってる」
「トマトとキュウリとジャガイモなの!」
一欠片ずつだが確かにちゃんと野菜も乗っている事に、ちょっとした驚きを抱く。
しかもそれらを、肉よりも先にフォークに差した。
一欠片ずつ、モグモグときちんと味わって食べるクイナを観察していると、三種を食べて飲み込んだ後、バッとこちらに目を向けてきた。
何故なのか、とても嬉しそうである。
「美味しかったのか?」
「確かに美味しかったの。でも、うちの子の方が美味しいのっ!」
「あぁ」
どこか既視感があるラインナップだなと思ったら、そうか。
どれも庭で育てたヤツだ。
まぁでもこうして食べ比べる目的でも、自分から野菜を食べてくれるようになったんだからそれだけで、野菜を育てさせて正解だったかな。
「次のジャガイモさんが、そろそろ収穫時期なの!」
「そうだったな。楽しみだな」
俺の言葉に元気よく「うんなの!」と返事をした彼女は、機嫌よく肉を食べ始める。
俺も自分の皿を食べて「ふむ、まぁまぁ。こういう所の食事っていうのはすっかり冷めてしまっているのが玉に瑕だよなぁ」などと思い、天使のゆりかごでの食事を早々と懐かしんでいると、ペロッと皿の上の肉を食べ終わってしまった彼女が絶望顔で見上げてきた。
「大変なの、アルド」
「何だ、どうした」
「どれも美味しくて、選べないの……」
一体何事かと思えば、思わず苦笑いしてしまう。
「そりゃぁまた幸せな悩みだな」
「人生最大の岐路なの」
「今まで一体、どれだけ人生平坦だったんだ、お前」
もっと色々とあった筈だろ、なんて思った時だった。
駆けてきた少年が前方不注意で、クイナの背中にドンッとぶつかった。
彼女が衝撃によろめく。
俺は思わず手を伸ばす。
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