第27話 突撃プロポーズ
「大丈夫か? クイナ」
「うんなの。何も零れなかったの」
そっちを心配したんじゃないんだが。
そう思い苦笑しながらも、彼女に何の被害もなかったと分かり少しホッとする。
転ばないようにと咄嗟に引っ張った腕を離しながら、今度はぶつかった相手に目を向けて、思わずギョッとした。
そこにいたのは、上等な服を着た少年だった。
歳はクイナと同じくらいだろう。
何故か目を見開いてクイナを見たまま、ひとり立ち尽くしている。
「お、おい君、大丈夫――」
「花の妖精……」
「は?」
何の脈絡もなく出たその言葉に、俺は思わず首を傾げた。
しかし、紅潮している彼の頬、釘付けになっている彼の目の先にいるのは誰なのか。
それらを見てすぐに意味を察する。
そして「ヤバい」と思った。
クイナと貴族の間に妙な関わりを作りたくない。
そして何よりクイナは――。
「おい妖精! 俺の嫁にしてやる!!」
「え、やなの」
キッパリと断ったクイナ。
彼女の答えに驚き固まる、目の前の少年。
そして俺は。
あー……。
やっぱりやっちゃったか。
そんな思いと共に、思わず額に手を当てた。
きっとクイナなら簡単に、社交界でも友人を作る事ができるだろう。
彼女の人懐っこさには、おそらく身分の垣根さえ超えさせるほどのそういう良さがある。
それでも俺は「大人しくしている事」を彼女に約束させた。
それにはもちろん、彼女が輝狐という希少種である事や俺の素性が、貴族と関わる事で後に面倒事を呼ぶかもしれないと思ったからだったが、もう一つ。
彼女の経験的、性格的な部分にも理由がある。
クイナは社交界を知らない。
そして元来の素直な性格も相まって、取り繕うという事が不得意だ。
それは間違いなくこの子のいいところだけど、この場においては危なっかしい。
社交界とは、本音の他に建前を、本心を何重ものオブラートに包む必要がある場所だ。
断るにしても、言い方を考えなければならない。
クイナにそれが咄嗟にできるとは思えなかったのだ。
そんな俺の懸念は、最悪の形で当たってしまった。
もう少しクイナが可愛い事を念頭に置いておくべきだった。
……いやしかし、いくら貴族だと言ったって第一声で「嫁に来い」とか、相手側にも問題がある。
もしクイナが万が一首を縦に振ったとしても、あんな雑な言葉でクイナをやれるほど、俺も保護者としてできてない。
いや、保護者としてできているからこそお断りなのか。
いやいや今はそれどころじゃない。
思考が迷走してるぞ俺。
「なっ、何でだ!」
「だってクイナ、君知らないの」
「俺はマーゼル・ラクード! ラクード公爵家の跡取りだ!!」
「こうしゃくけ?」
服装から何となく上級貴族なんだろうなとは思っていたけど、まさか公爵家だとは。
公爵家は、王族に次ぐこの国の権力持ちであり、王族の血が少なからず入ってる家でもある。
国の中枢に近い。
尚の事近付くのは危険だ。
それなのに。
「公爵家の嫁に迎えられるのは、貴族にとってステータスなんだぞ! 普通は喜んで受けるものなんだぞ!!」
「すてーたす? よく分からないの。でもクイナ今、嬉しくないの。嬉しくないのに喜べないの。クイナはアルドとお野菜育てて、冒険者するのが楽しいの。お肉食べてプリンを食べるのが、嬉しいの」
「んなっ!!」
あ、ヤバい。
ちょっと考え事をしている内に、目の前は大惨事になっている。
周りからの視線も集まり始めている。
これ以上は状況がさらに悪化しても、好転する事はないだろう。
「も、申し訳ありません。ラグード公爵子息」
「誰だお前は」
「私はこの子、クイナの保護者です」
二人の間ににこやかな顔で割って入ると、彼は「ふぅん?」とこちらを見上げてきた。
「なら話は早い。コイツを公爵家の嫁にもらう」
……うんまぁ子供だ、子供である。
ものすごい独善的で高圧的な物言いにも、年齢を思えば少なからず目を瞑る事はできる。
が、流石にクイナの事を指さして俺にしてきたその命令には素直に頷けない。
「……ありがたいお話ではあるのですが」
「何故だ。金なら積んでやる」
「そういう話ではないのです」
「なんだ、じゃあ権力か。それなら俺の家と地続きになれば――」
「いえ、我々は貴族ではありません。本日こちらには特別に招待されてているだけの平民です。そのようなもの、頂いたところで持て余すだけだと認識しております」
顔が引きつりそうになるのを取り繕いながら、彼に言う。
っていうかこの子息、この物言いでクイナと同年代――という事は八歳。もう少し年上だとしても、十歳かそこらだと思う。
それなのにこの、金と権力に物を言わせた言葉の数々。
彼が今までどのような環境でどのようにして育てられたのか、残念な所に想像に易い。
こんな子供を育てるような家に、保護者として、絶対にクイナを引き渡したくない。
というかできれば関わりたくない。
平民の俺たちにとっては、最も関わりたくないタイプの貴族であるのはたしかである。
俺のやんわりとした拒絶の数々に、少年はムッとしたような顔になった。
「じゃあ一体何が望み――」
「キャァァァァァァアア!!」
彼の反論の声を、いや、会場を、引き裂くような悲鳴が上がった。
反射的に身構える。
隣のクイナも耳と尻尾をピピンとさせて、警戒モード全開だ。
一体何が?
どこから声が。
シンと静まり返るや否やざわめき始める会場内のそんな疑問に、クイナの言葉が大声で答えた。
「アルド、あれなの!!」
クイナが指を指した先、半分溶けたような人型が窓の外から会場内を覗き込んでいた。
そのすぐそばで、へたり込んでいる令嬢がいる。
彼女が悲鳴の主だろう。
いやそれよりも。
「『探索せよ』!!」
周りから悲鳴が上がるよりも早く、俺は瞬時に魔法を発動させる。
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