第二節:おめかし準備
第12話 持ちつ持たれつな太客関係
翌日。
気が変わらない内にと、俺はクイナと街一番の大商会・ダンリルディー商会へと出向いていた。
「こんにちは」
「いらっしゃいましたなのーっ!!」
扉を開けて挨拶をすると、クイナがテテテッとこぞって店の中へと入る。
そんな俺達に気が付いた店員が、顔を上げ朗らかに微笑んだ。
「いらっしゃいませ、アルドさん、クイナさん。今日はどのようなご用向きで?」
店主と知り合いである上にすっかり定連になっているお陰で、顔と名前は覚えてもらった。
こうしてすぐに声を掛けてくれるのも、王太子時代には物を買うときは商人を城に呼ぶだけで済んでいた事もあって、店内で目的の物を探すのがどうにも苦手な俺にとってはありがたい。
「今日は服を買いに来たんだけど」
「服ですか。冒険者用の服ならこちらに――」
「あぁいやそれが、そっちじゃなくて」
確かに今の俺が求める服としてはちょっと変かもしれないなぁ、などと思いながら今日の目的を告げる。
「王族主催のパーティーに着て行ける服を探しに来たんです」
「なるほど、王城から招待状が」
「はい。面倒な事に」
場所をVIPの商談室へと移した俺達は、この商会の会長であり、よく知った間柄でもある男・ダンノに一連の説明をした。
もちろん俺の招待諸々については伏せて、だ。
今回の出席経緯には関係ないし、そうじゃなくてもお世話になっているこの人に、要らぬ迷惑はかけたくないしな。
知らなくていい事なら、知らない方が精神的には楽だろう。
「出来れば悪目立ちしたくないなと思っていて。ならせめて、場に溶け込める服装くらいはしておこう、と」
母国のパーティーでは冒険者が王城に呼ばれた記憶は無かったが、他国のパーティーに出席した時に、今の俺達と似たような境遇の人達の事は見た事がある。
どちらにしろ、会場では騎士が脅威に対して目を光らせているものだし、帯剣はおろかマジックバックの持ち込みも、セキュリティー上の観点から禁止なのだ。
動きやすい格好をしている必然性は皆無な以上、冒険者ルックのメリットと言えば「そちらの方が落ち着くから」とか「窮屈じゃないから」とかという事になる。
それらと「目立たない」を秤にかけるなら、少なくとも俺は後者を選ぶ。
「一着ずつで構いません。俺のとクイナのを一式、ここで買い物出来ないかなって」
「……なるほど、私の目に狂いは無かったという訳ですね」
ダンノがぼそりと何かを言ったが、声量が小さくてあまり良く聞こえない。
「え、なんて言いました?」と聞き返せば、彼は思案顔から「あぁいえ」と商人の笑顔に早変わる。
「アルドさんは太客ですからね、渾身の一着を見繕いましょう」
「太客って」
ダンノの言い様に思わず笑う。
太客と言うほどの太客じゃない。
確かに何かを買うならここではあるが、落としていっている金額自体は一般のレベルの筈だ。
面白い冗談を言うなぁ、ダンノさん。
そんな笑いに彼は「いえ」とやんわり否定する。
「アルドさん、何も買う事だけが客の定義ではないのですよ。商売において、最も大事にすべきなのは『良いお取引』。アルドさん達はよく作物や討伐した獣や魔物のアレコレなど、よく持ち込みをしてくださるでしょう? それによって得た利を換算すれば、かなりの太客ですよ貴方達は」
それは盲点だ。
俺からすれば、毎回多すぎて困っているものを買い取ってもらってありがたい、いつもお世話になっていると思っていた事だった。
しかし彼は「私も商会長ですからね。そもそもこちらに何の利も無いお取引など、たとえ顔見知り相手でも請け負う事は出来ませんよ」と言って笑う。
「私達は、持ちつ持たれつ。妙な遠慮は不要です」
太客ともなれば、もっとチヤホヤして然るべきのような気もするが、彼はおそらく俺が一方的に持ち上げられるのを好かないと分かっていて、敢えて最初に会った頃と変わらずに接してくれているのだろう。
彼の言葉の端々からは、そんな心遣いが見える。
本当に感謝の念に堪えない。
「さて、では選んでみましょうか。パーティー用のドレスは基本的に貴族の方々が買い求める物ですから、店頭には並べていないんですよ。奥へどうぞ」
「ありがとうございます。なるべく無難で貴族の中に入っても目立たないようなヤツを頼みます」
こうして俺とクイナの二人は、懐かしの貴族着が沢山ある部屋へと、ダンノに通されたのだった。
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