第4話 フルメイルとの遭遇



 確かに彼女の懸念通り、俺達はその探し人とやらの条件に当てはまる。

 しかし――まぁ素性が素性なので、俺だけと言うのなら未だしも――クイナも一緒に探されているとなると正直、心当りは皆無である。

 日々の暮らしでも冒険者家業でも、特に粗相はしていないしな。

  

「因みにどんな用件で?」

「それがね、よく分からないのよ」

「分からない?」

「そうなの。どれだけ聞いてもお茶を濁すの。他の人達に対してもそうみたい」


 それはまた奇妙な……というか、嫌な話だ。

 まるで「何かを隠して秘密裏に動いていますよ」と、わざわざ喧伝しているかのようだ。


 ……いや待てよ?

 こんなあからさまな『秘密裏』が実際にある筈がない。

 という事は、もしかして噂を流してそれを釣り餌にし様としているのか?

 

 えー、やだな……。

 どちらにしても、随分ときな臭い話だ。


「そういうの、困るのよねぇ。せっかくこの前アルド君が、この辺の悪党グループを一掃してくれたお陰で治安も良くなったのに、つい『また何かるのかも』って思っちゃうわ」


 頬に手を当てて嘆くマリアに、俺は思わず苦笑する。


「まぁアレは半ば不可抗力でしたけどね」


 謙遜でも何でもない。

 たまたまクイナが誘拐されて居場所が分からなかったから、しらみつぶしに探しただけだ。

 クイナを誘拐した奴らの、拠点らしき場所を。


 それが結果としてこのノーラリアの首都イリストリーデンに蔓延る犯罪組織の壊滅に繋がった訳だが、あくまでもそれは副産物だ。

 俺としてはあくまでも、クイナの無事を確保したかったが故の行動だった。

 

 実際に、急いでいたせいで少々雑に動いたせいで、あとで憲兵から滾々と説教される羽目にまでなったのだ。

 誇れる筈なんて無い。


 それでもマリアはその名の通り、まるで聖母のような慈愛の笑みを浮かべてきた。


「それでも全員、無事に留置所送り。人身売買の密輸ルートもお陰であぶり出せたって言うんだからとってもすごいわ。私達、アルド君にはとっても感謝してるんだから」

「はははっ、ありがとうございます」


 そんなに手放しで褒められると、何だかちょっとこそばゆい。


 それにしても、本当に可愛らしい人だ。

 俺よりは一回り以上年上だって言ってたけど、天族だから人の寿命とは概念が別だし、見た目も若いし。

 はぁ、もしこれで人妻じゃなかったらなぁー……。


 アルド、現在18歳。

 婚約者こそ居た事はあったが、形式的なものでしかなかった。

 自分の好みさえこうして隣国に移り住んでから知った程だから、恋愛初心者も良いところ。

 人の良い旦那さんが居る、決して叶う事がない淡い恋慕を小さなため息で流し、ポツリと一言「俺の春は、一体どこにあるのやら」とだけ言った。


 話がひと段落着いたから、今マリアは俺のコーヒーのお代わりを注ぎに行ってくれている。この声は誰にも聞こえていない。



 その後は、二杯目のコーヒーを飲みながら、いつものように取り留めのない雑談を和やかにマリアとした後、厨房の方へと行かせてもらった。

 ちょうど種を取り終わったところのようだ。

 寸胴鍋に砂糖と共にたっぷりの果肉を入れた後、鍋を火にかけ「うんしょうんしょ」と木べらで混ぜるクイナの隣で、グイードが長時間煮込みを短縮するお手軽方法・『時間経過の魔法』をかける。


 焦げやすい砂糖を煮詰めるので、火にかけている間はずっと混ぜていないといけない。

 最初こそその事を「力仕事だしクイナは大丈夫だろうか」と心配したが、どうやら彼女はどんどんと果肉がジャム状になっていくのを楽しめるタイプらしかった。


 ちゃっかり自身に『身体強化』を掛けるのを忘れずに「まっぜまぜー、まっぜまぜー♪」と上機嫌で鍋を混ぜている。

 よし、次からもクイナには混ぜ役をしてもらおう。


 それにしても、うーん。

 毎回借りるのもどうかと思うし、うちも寸胴鍋買おうかな。

 ダンノさんの所になら売ってるよな、きっと。


 ……などと思っている間に、ジャムは出来上がりを迎えた。

 


 どうやらジャムは、漬物のようにそう長期間の保存がきくタイプの物ではないらしい。

 完成した量が量なので若干グイードの顔色を窺いながら「どのくらいなら使いきれそうか」と聞いたところ、「お店で出せば大丈夫だよ。むしろクイナちゃん作だって分かったらみんな、こぞって注文するんじゃないかな?」と気軽に請け負ってくれて助かる。 

 結局彼に全体の5分の4を託して、俺たちは残りをマジックバックに入れて、仲良く帰路に着いたのだ。


 空はまだ明るかった。

 普通ならばこの時間、冒険者家業で街の外へと繰り出したりギルドに来る特別依頼で『恩恵』を役立てる街中仕事をしたりしているが、今日はたまたま何も予定を入っていない、オフの日だ。

 

 少し前を歩いていたクイナがクルリと振り返って「串焼き食べるの!」と誘ってくる。

 うんそうだな、そうしよう。

 二人して足を定連の串焼き屋に向けた、その時だった。


 ――遠くから騎乗したフルメイル集団の姿を見つけた。


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