第37話 この恐怖のバラ、どうしたもんか



 朝。

 何に急かされる事もない今日のような日は、カーテン越しに漏れる柔らかな日の光を感じながらまどろむのが至高の時――。


「アルド!!!」

「ぐへぇーっ」


 急にお腹に重力がかかり、魔物の断末魔のような声が出てしまった。

 驚いて瞼を上げれたところ、まぁ案の定と言うべきかクイナが上に乗っていた訳だが……。


「なんだ、どうした、毛を逆立てて」


 言いながら一応魔力感知をかけてみるが、もちろんこんな王都の中で急に敵襲という事もない。

 が、目の前のクイナはどう見ても、何かに対して警戒している。


「またあるの! 気持ち悪いの!!」

「……あぁ」


 寝ぼけた頭で数秒考えて、何のことかやっと分かる。

 が、気持ち悪いというのは少し可哀想ではないだろうか。


「あくまでも罪はないだろ、あのバラ自体には」


 そう言いながら、俺は体を起こし大きな欠伸をした。


 あのバラは、単に綺麗に咲き誇り、置いていかれているだけである。

 警戒心を抱くなら、あれを毎日朝と晩に置いていくやつに対して向けるべきである。


「でもてんこ盛りなの、あのトゲトゲ」

「バラさんに対してトゲトゲっていうのは、流石にバラさん可哀想だろ。……しかしてんこ盛りか。今日も増えてるのかなぁ、本数」


 俺は別にクイナのようにバラ自体に警戒心を抱いている訳ではないが、傍から見て普通に「気持ち悪いなぁ」とは思う。

 

 差出人不明の代物が、一日二回、しかも初日の朝は一本、夜には二本、次の日の朝には三本、夜には四本と、毎回撤去しているのに置かれるたびにその本数を増やして、休まず置かれ続けている。

 誰がどう見ても何か意味があるのだろうけど、それ以上に持ってくる頻度と律儀に一本ずつ増えてくる本数に、並々ならぬこだわりを感じる。


 その上、今日も一本増えているなら、これで六十一本目だ。

 累計すると、1891本。

 そうでなくとも珍しいバラをこのペースで用意できるとなれば、自ずと犯人は絞られる。



 窓から外を見下ろすと、玄関にクイナの言う通りバラが積もっているのが見えた。

 おそらく六十一本あるのだろうそれを見て、そろそろマジックバッグの中に溜めてるバラもろとも、どうにかしないとなぁと思った。



 ◆ ◆ ◆



 一緒に教会へと来たのだが、俺には一つ用事がある。

 クイナには「先に一人で孤児院の方へと行っておけ」と言ってから、俺はとある人物の元へと訪れていた。


「神父様、少し相談というか、もし心当たりがあれば教えてほしいのですが」


 中世的容姿の、優しげで美しく、それでいて何物をも寄せ付けないくらいに厳かで神々しい男性エルフ。

 彼のところにくる時は大体恩恵絡みなのだが、今日は少々別の話だ。


「実はクイナが無詠唱魔法の適性がありそうなんです」


 神父には、聞いた話の守秘義務がある。

 以前クイナの恩恵について色々とお世話になった時に、彼は誰にも俺たちの事を漏らしたりはしなかった。


 役割に徹する彼の誠実さは、信用するに値する。

 それは俺の恩恵『調停者』の副次効果として何となく分かる「相手が嘘をついているかどうか」にも引っ掛かった事がない事もあって、最早確信に近い。


「それはそれは……。クイナさんには元々珍しい恩恵がありますが、魔法の才能もそこまでとは、流石は輝狐ということでしょうか。それで、私への相談は『先生探し』でしょうか」

「はい」


 俺たちと知り合ったように、彼は立場上様々な人と知り合うだろう。

 その中で、実力的に先生になってくれそうで秘密を守れそうな人を紹介してもらえないだろうかと思っての、今日の訪問だ。


 彼は「ふむ」と顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた。


「心当たりが一人います。相手が話を受けてくれるかはまだ確約できませんが――」


 そう言いながら俺の顔をジッと見た彼は、数秒置いてニコリと笑う。


「まぁ貴方方相手なら、きっと引き受けてくれるでしょう」

「?」


 含みのある言葉でそう言われ、俺は思わず頭にハテナを浮かべてしまった。

 しかし彼の中では、もうこの話は終わったものとして考えたようだ。


「それよりも、私からも一つ質問させていただきたいのですが」

「はい?」


 珍しい。

 いつも聞き役で、あまり自分から疑問を投げてくる事はない彼が何を気にしているのかは、俺にも少し興味があった。


 彼はスッととある場所を指さす。

 そこにあるのは、俺の右足の太もも辺り――いや、そこにつけているマジックバッグだ。


「最近、においの強い花でも収納しましたか?」

「え」

「あぁすみません。エルフは元々森の住人。草花への鼻が利くのです。そのバッグに花のにおいが染み付いている……というほどではないのですが、触れたのかなと思ったのですが」

「あー……」


 最近は大きな花束を収納しているので、その際に花がバッグの側面に触れてしまった可能性は大いにある。

 けど、彼は何故そんな事を聞くのだろう。


「中々に品質の良さそうな花なので、もし咲いている場所に心当たりがあれば教えていただけれると嬉しいな、と」

「あぁそれなら」


 俺はバッグを外からポンと軽く叩きながら言う。


「よかったらその花、引き取ってくれませんか? 持て余していたんです。1891本もあるので」


 やった。

 困っていた花の引き取り先が見つかった。



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