第二節:謎のバラの意味

第38話 招かれざる訪問者



 神父様との話を終えて、クイナと共に教会を出た。

 途中で竜人族のおっちゃんがやっている馴染みの串焼き屋で串を買い、二人で食べながら横並びに歩く。


「神父様にお前の魔法の先生、紹介してもらえるように頼んだからな」

「先生、なの?」


 俺の言葉に小首を傾げながら聞いてくる。


「あぁ。前にセイスに魔法を教えてもらっただろ?」

「シャボン玉の魔法なの!」

「そうそれ。アレと同じ感じだな。俺が知らない魔法の使い方を教えてもらうための人を、神父様にお願いしてきた」

「アルドが教えてくれるの!」

「うーん、俺にも教えられる事ならいいけど、そういうものばかりじゃないからな」

「そうなの?」

「うん。俺も知らない事を知ったり、できるようになったりするための『先生』だ」


 俺がそう言えば、少し考えるそぶりを見せていた彼女の顔が、何故か急にパァーッと顔を明るくさせた。


「じゃあクイナ、先生に教えてもらって覚えて、アルドの先生になるの!」


 耳をパタパタとさせながらこちらを見上げるクイナの表情は、とてもワクワクしているように見える。


 先生に教えてもらうのは、そもそも俺ができない事だ。

 それを俺が又聞きしたところでできるようになるとは限らない、が。


「それはとっても楽しみだな」


 やる気と向上心が嬉しくて、クイナの頭にポフッと手を置きながら俺はフッと微笑んだ。

 すると今度は尻尾までブンブンと嬉しそうに振る。


「頑張るーっの!」


 両手をグーにして上に上げ「おーっ!」と街中で気合を入れた彼女を、通りすがりの人たちは「何だ?」という表情を向けている。


 しかしもうここにきて、随分と顔見知りも増えた。

 街の中には『天使のゆりかご』やギルドや串焼き屋など、色々な場所で知り合った人や一方的に知ってくれている人もいる。


 そういう人たちを筆頭に、皆何やら微笑ましげな表情になってくれたので、俺としては変人扱いされずに済んでとても助かった。




 今日は材料を買って、家で作って食べようという事になり、二人で足りない食料を買い込んだ。


 買ったのは、調味料と乳製品とパン。

 野菜は畑に実っているし、肉は冒険者家業で仕留めた魔物の肉が常に何かしらある。

 今で言えば、サラマンダーだ。


 鶏のようなあっさりとした肉で、油モリモリジューシーな肉を好むクイナには本来不評なのだが、先日天使のゆりかごで、グイードさんからそういう肉でも美味しく食べる仕込み方を教えてもらった。

 今日はそれを試してみようと、クイナと二人で決めていた。



 買ったものはすべてマジックバッグに収納し、見た目上はほぼ手ぶら状態で帰路につく。


 クイナが隣で「美味しいご飯を作るの!!」と張り切り、ルンタッタとスキップをしている。

 その度にふわんふわんと上下に揺れる太い尻尾を見ていると、何だか無性につかまえたくなる。

 しかし流石に大人なので、その辺は自重して眺めるだけ。


 右にふわん。

 もふもふだ。

 

 左にふわん。

 やっぱり使ってるシャンプーとかケアとかが正解なんだろうな。


 右にふわん。

 街にも獣人はいるけど、クイナほど毛並みがいい子もいないんじゃないだろうか。


 左に……シュン。


「ん?」


 急にダラリと下がった尻尾に「何があった?」と視線を上げると、クイナの向こう側に見えてきた俺たちの家の前に大きな馬車が止まっているのがまず見えた。


 立派な馬車だ。

 紋章までついている。

 その前には、おそらく馬車の持ち主なのだろう。

 貴族服に身を包んだ少年と、その後ろにはお付きの執事。


 一目で貴族と分かるその出で立ちに、そして何よりその人物に見覚えがあった事に、俺は急激に背中を嫌な予感が駆け上がってくるのを感じた。



 俺たちの帰宅に先に気付いたのは執事の方で、彼が少年に声をかける。


  少し苛立っていた様子だった彼の横顔が、ハッとしてこちらを向き、そして嬉しそうな喜色に染まる。


「ひ、久しぶりだな、クイナとやら! ちょうどこの辺に用事があって、たまたまここに来たのだが、まさか会うとは奇遇なこともある!!」


 あまりに見え透いた物言いに、俺は思わずジト目になった。


 別にそんな言い訳をしなくても、普通に「会いに来た」でいいじゃないか。

 ……いや、本当は会いに来てなんて欲しくはなかったけど。


 と思ったのだが、そんな俺とは違いクイナは、ここで子供の非情さをいかんなく発揮する。


「えっと……誰、なの?」

「いやあの、クイナ。この前王城に行った時に、話しかけてきてただろ。ラクード公爵家の、たしかマーゼル様だ」


 彼女の言葉に、目の前で彼が「ガーン」という効果音が付きそうなほど如実にショックを受けたものだから、大人としては流石に放っておくこともできなかった。


 横からクイナにフォローを入れれば、少し考えた後で「あっ」と小さく声を上げる。


 しかし「よかった、思い出したならちょっとは」と思った俺を尻目に、クイナはビシッと彼を指さして、ハッキリとこう口にした。


「クイナ嫌いなの! この人アルドを『あんな奴』呼ばわりするとっても失礼なやつなの!!」


 彼が砂になり風にさらわれて行ってしまう幻覚がちょっと、見えた気がした。



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