四、桜中央学園
第23話
星野は人気のない校舎から井戸を見下ろし、手にした煙草を携帯灰皿に押し付ける。
人気のない、とは言っても教職員の中にはまだ校内に残っている者もいる時間帯だ。
強大な霊の気配を感じてすぐに、星野はそうした残業組を職員室に集めて『煙草』で眠らせた。
これで儀式の目撃者はおらず、万が一見られていても夢だとごまかせる。
「気配が消えたか……。くそ、後手に回るとバタバタして追えないな」
【蜘蛛】の地上絵が出現した際は対応が遅れたが、【蜂鳥】以降は上手く対処している。
霊障から人を守るということは、その存在を隠すことと同義。
学園で活動している霊能力者は星野と高麗の二人だけ。
所属が違う上にのらりくらりとしている高麗を頼るのは憚られる。
星野は窓に肘をかけ、新しく取り出した一本に火をつけた。
星野の煙草――厳密には一般的な煙草の成分は入っていないそれは、内部のフィルターによって様々な効果を得る。
人を眠らせたり、霊を遠ざけたり、霊的なものに対する探知にも使える便利な支給品だ。
それでも邪霊の本体を見つけられない。
探知に引っかからない挙句、圧倒的に情報が足りないのだ。
先程の【鯨】の気配も、残業組の対処をしている間に消えてしまった。
白鷺家がひた隠す邪霊の存在は、随分前から特務扱いでマークされており、それがこの学園に封じられていることも分かっている。
しかし星野はそれ以上の情報を得ることができていない。
この学園に派遣されて三年目。
このまま後手に回るわけにはいかない中で現れた『転校生』。
「本野晶……」
紫煙をくゆらせながら、星野はぽつりと呟いた。
▽
「昨日の今日でなんでそんなに生傷増えてるの?」
「凪おはよう。怪我なら大丈夫だよ」
「大丈夫そうじゃない人が約二名程いるんですが」
「誰だろう」
「俺に振るなよ」
「あんた達のことに決まってんでしょーが!」
【鯨】との戦いから一夜明け、学園にはいつもと変わらない日常風景があった。
昨晩、地上に這い出た晶たちは白鷺によって問答無用で白鷺邸に放り込まれた。
高麗は晶と斗真の体のあちこちにできたすり傷やら内出血を手早く処置し、意識のない辰海には渋い顔を向けていた。
「次に目を覚ました時に、彼の人格が神崎くんである確証はない。起きるまで僕がついています」
神妙に発せられたその言葉に白鷺が頷くのを見て、晶もここは高麗に任せるのが最適だと思い、従うことにした。
その後ぐったりとした斗真が家に帰るのを見届け、晶は白鷺に家まで送られそのまま泥に沈むように眠りに落ちたのだった。
「晶ちゃん聞いてる?」
昨日の出来事に思いを馳せていた晶はぎくりと肩を跳ねさせる。
「何してるのか知らないけど、怪我しすぎでしょ!」
疲れの抜け切らない二人に凪からの鋭い突っ込みが入る。
それもそのはず、晶は首と手に包帯が巻かれているし、斗真は見える範囲の至る所に絆創膏がちらついていた。
晶に関しては今日中には治るだろうが、異常なスピードで治っていく様子を他人に見られるわけにはいかないので隠している。
それに加えて、疲れ切った顔が並んでいれば凪も黙ってはいられなかった。
「ねえ、本当に部活でそんな怪我してるの? まさか……例の不審者に襲われたとか言わないよね」
「それはないない」
「それはって何ー!?」
「あーもう、何でもねーよ。和屋、授業始まるぞ」
そそくさと授業の準備をし始める二人に凪は拗ねるように口を尖らせ自分の席につく。
その様子に晶は横の席からこっそりと声をかけた。
「心配かけてごめん」
「……現国のノート貸してくれたら許す」
「もちろん」
つんとそっぽを向きながら言う凪に、晶は眉を下げて微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます