第28話

「この学園を守ってくれる頼もしい先生だ」


「こっちがそう思いたいだけじゃないの」


 辰海がズバッと痛いところを突く。


 実のところ晶も考えとしては辰海寄りだ。星野は恐らく白鷺のことをよく思っていない。


 星野と接して晶が抱いた違和感はそれだ。


 性格が合わないとかそういう問題ではなく、邪霊に対する見方が両者異なる気がしてならない。


 若菜を追い払ってくれるのなら晶にとっては頼もしい。ただ、白鷺に対してもそうとは限らない。


はなんだろう」


 晶がポツリと呟いた。


「そりゃあ、邪霊?」と斗真が答える。


「晶さんの一番の敵はその怨み屋とかいう不審者じゃない?」と辰海。


「じゃあ理事長の敵はなんですか?」


「私の敵は邪霊の封印を解いた人間だ」


「高麗先生は?」


「んー。僕は立場上、雇い主の敵が僕の敵かな」


 ならば星野の敵は?


 晶はそこまで考え、なんとなく矛盾を感じていた。


 邪霊封印に様々な思惑が渦巻いている。


 残りの邪霊を見つけ出し、地下に再封印したとして、晶の敵も白鷺の敵も居なくなるわけではない。


 邪霊封印は単なる手段、敵は人間――?


『もっと危険な目にあう前に、白鷺から離れたほうがいい』


 星野の言葉が晶の頭から離れない。


「理事長、」


「なんだい? 晶くん」


「『転校生』って何か知ってますか?」


 側から聞いたらおかしな質問だった。


 しかし今の晶には重要なこと。白鷺は真面目な表情で晶に向き直る。


「ああ。先代から聞いたところによると、霊の干渉を受けにくい生徒をそう呼ぶとか」


「それだけ?」


「うーん、聞いたのはそれだけだったと思うが」


「へえ、僕は初耳ですけど……。『転校生』が霊の影響を受けにくいなら、本野さんが【蜘蛛】に乗っ取られなかったのも説明がつく、か」


 晶は嫌な不安に襲われた。


 白鷺には霊感がない。であれば入ってくる情報も限られてくる。


 もしも敵の方が白鷺よりも多く情報を持っていて、だから星野は晶に警告してきたのだとしたら――?


 高麗がはっと何かに気付いたように顔を上げ、晶に詰め寄る。


「もしかして、星野が言ってた!? 本野さんが【蜘蛛】に人格を乗っ取られなかったのは『転校生』だからって?」


「いえ、言ってたのは――若菜って人です」


『やはり『転校生』というわけだ。【蜘蛛】を飲み下すとは恐れ入ったよ』


 晶はざわつく胸を片手で抑えた。


 高麗も苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「それが本当なら、僕達は既に情報戦で負けているかもしれません」


 相手は高麗さえ知らなかったことを知っている。


 星野の言った「もっと危険な目にあう」とは、邪霊以上に危険な人間がいるということだったのかもしれない。


 重苦しい沈黙を白鷺の一言が破った。


「ところで君達、追試はないだろうね?」


 その言葉にぎくりと肩を跳ねさせる晶と斗真。その様子に辰海が冷え冷えとした視線を送る。


「え、もしかして二人とも? 本気で言ってる?」


「べ、勉強してる暇なかったし」


「そうだそうだ!」


「こればかりは二人に無理をさせていた私に文句は言えないな……辰海君、頼んだよ!」


 結局二人は追試の日まで辰海の監視下で猛勉強することに決定したのであった。


 ▽


「今月は体育祭だね」


 対面からの言葉に晶は顔を上げる。


 その視界に入ったのは大きな眼鏡で顔を隠した辰海で、彼はそのままつまらなさそうに話を続けた。


「晶さんは何の競技に出るの?」


「私はうたた寝してる間にドッジボールになってた。辰海くんは?」


「バレーボール。面倒臭い」


「いい刺激になるかもしれないよ?」


「しばらくはいらないかな」


 怪我もほぼ治り、どことなく以前よりも落ち着いた辰海の様子に晶は安堵する。


 どうやらもう刺激を求めて無茶をすることはなさそうだ。


 晶と辰海は学園の近くのカフェで向かい合って座っている。


 辰海の手元には参考書。そしてテーブルには授業で使う英語教材が開かれていた。


「私の勉強に付き合ってもらって本当にごめんね」


「いいよ別に。ほらここの文法間違ってるよ」


「あ、はい……」


 申し訳なさそうに晶が肩を落とすと、辰海は気にしない様子で勉強を促す。


 晶は必死に目の前の英単語を読むが、そうしている内にふと今日見た夢を思い出す。


 クラスで体育祭の競技を決めている最中に、晶は突如微睡みに落ちてしまった。


 八つの脚に、八つの目。


 学園で夢を見ると必ず現れるその黒い生物は、ただ晶の側にいた。


 斗真は邪霊が敵と言っていたが、晶にはどうしてもこの存在が敵だとは思えない。


「ねえ、生きてるの?」


【蜘蛛】は晶の問いかけに応えるように、ゆっくりと瞬きをして――その瞬間、晶は夢から覚醒した。


 すると体育祭に関するクラス会議は終わっていて、黒板に書かれた晶の名前はドッジボールの欄にあったという訳だ。


「こら、集中!」


「あいたっ」


 すっかり手を止めていた晶は辰海の手刀で現実に引き戻される。


「色々あるのは分かるけど、追試まで落としたらシャレにならないでしょ。ただでさえ星野に目つけられてるんだから」


「う」


 晶と星野が一悶着あったのを知っているのは辰海だけだ。


 痛いところを突かれ晶は言葉に詰まる。


「そうだ。俺の呪器も高麗先生に改良してもらうことになった」


「ほんと? じゃあ辰海くんがあの冷却ビーム撃てるようになるかもしれないんだ……すごいね」


 強力だった攻撃を思い出し、晶の頬が僅かに興奮で染まる。


 それを見た辰海ははあーっと大きなため息を吐いた。


「分かりづら……」


「何が?」


「表情。結構喋るのになんでいつも真顔?」


「真顔じゃないけど」


「ほらそれだよ。まあ顔色伺わなくていいのは気が楽だけど」


「別に伺ってもいいんだよ」


「ふ、なにそれ。ふはは」


「店内では静かにしてくださーい」


「うっざ! ははっ」


 辰海がこんなふうに笑う人間だったなんて、晶は想像していなかった。


 いつもの斜に構えたような雰囲気もどこか柔らかい。


 これなら今まで聞けなかったことも聞けるかもしれない。晶は意を決して口を開く。


「辰海くんっていつから霊感あるの?」


「霊感も透視能力も物心ついた時にはあった。ていうかここの人達って霊感と超能力をごっちゃにしてて分かりづらいんだよな」


「透視は霊感とは別ってこと?」


「そうじゃないの。知らないけど。晶さんは霊感なかったんでしょ。なのになんで【蜘蛛】に襲われたの?」


「若菜って人が無理矢理私に飲み込ませたんだよ」


「ふーん。ここ、スペル違う」


「あ、すいません……」

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