第29話

 陽が傾くまで勉強をし、陽が暮れたら霊杭探しをする。


 晶の祖父母には部活動で帰りが遅くなると言ってあるが、そろそろ怪しまれそうな気がする。


「今日の帰り送って行くよ。親御さん心配するでしょ」


「え、いいよ悪いし」


「嫌なの?」


「嫌じゃないですありがとうございます」


 一旦家に帰っている斗真もそろそろ合流できそうだ。


 霊杭探しに関しては霊感のある斗真と辰海がいた方が効率がいい。


 晶は未だにガムランボールがないと探せないからだ。


 機嫌よさげに笑う辰海をぼんやり見つめていた晶だったが、視界の端に一瞬何かが光ったのに気付きそちらに目をやる。


 二人の座るテーブル席の、通路を挟んだ隣の席に二人組の女子が並んで座っている。


 晶が不思議そうに見るのに気付き、慌てて何かを隠した。


 もしかして。一つの可能性が晶の脳裏に浮かんだ瞬間、大きな背中が二人を遮るように現れた。


「あー! お客様困ります~!」


「え?」


「店内での撮影はご遠慮くださいませぇ~」


「なにこいつ……ねえもう行こう」


 女子二人組に注意をしたのは赤いエプロンを着た店員だった。


 思わぬ大声に女子は顔をしかめて席を立つ。


 晶たちとそう歳の変わらないように見えるその店員はお盆を片手に女子を見送り、そのまま勢い良く反転して辰海を指差した。


「おいお前ら目立ってんだよ! 辰海てめえ有名人の自覚あんのかこら」


りょう……? 何してるんだよこんなところで」


「バイトだよバイト! 盗撮されてんのを止めてやったのになんだその言い草は」


 盗撮。晶は心の中で「やっぱり」と呟く。


 晶が一瞬見たのはカメラのフラッシュだったらしい。


 彼女たちはシャッター音を消して辰海のことを盗撮していたのだ。


 迂闊だった。辰海が人目を引くことを失念していたことを後悔する。


 辰海の知り合いであろう店員に、晶は頭を下げる。


「あの、ありがとうございます。えっと……」


 なんだかすごく、強そう。


 その眼光の鋭さから、晶は眼前の人物を見て思った。


 厨房に居たのだろうか、腰巻きエプロンをきっちり着込み、鍔付きの衛生帽を被っている。


 格好はちゃんとしているのに、その態度と言葉遣いは明らかに接客の場には適していない。


「こいつは上ノ原うえのはら涼。晶さん同じクラスでしょ」


 上ノ原涼。晶はその名前を確かに知っていた。


 桜中央学園に転校して来て二ヶ月、会話をしたことはなかったが噂がちらほらと聞こえてきたのだ。


 今時聞くのも珍しい、『喧嘩番長』なんていう呼ばれ方をしているという噂を。


 そのせいで一部の男子以外は寄り付かない存在だと。


 しかし今、晶の目の前にはエプロンに身を包んだなんとも家庭的な男子の姿があった。


「え、上ノ原くん……随分雰囲気が違うような」


「これはバイト仕様だ文句あんのか転校生」


「ちょっと、そう言う言い方するから誤解されるんだろ。ごめんね晶さん。こいつ目つき悪いし番長なんて呼ばれてるけどそんなに悪いやつじゃないから怖がらないで」


「怖くないよ。あの子達を追い払ってくれてありがとう」


「そうだね、助かったよ」


 重ねて礼をする晶と辰海に、涼は鼻を鳴らして踵を返した。


「まったく、気ぃつけろよ!」


「はいはい」


 周りの客の注目を集めながらずんずんと足を鳴らす涼。


「あと!」


 そろそろ怒られそうな大声とともに、涼は再び辰海と晶に指を突き付けた。


「お前らちゃんとお祓いに行け!」


「え?」


「は……」

 

 言い放たれた二人の表情は凍りつく。


 辰海が口を開きかけた時、涼の背後から更なる大声が響き渡った。


「こらーーー! 上ノ原!! お客様に何を言っとんじゃ!!」


「げっ店長! お客様申し訳ございませんでした~どうぞごゆっくりぃ~」


「あっ待って……」


 店長と呼ばれた男性にどやされながら、そそくさと厨房へと戻って行く涼の姿を見送る。


 晶と辰海は目を見合わせた。


「ねえ辰海くん」


「一応言っとくけど、邪霊の件は誰にも言ってないよ」


「そうだよね。でも今……」


「まさか」


 彼は自力で気が付いたというのか。


 晶と辰海の中にいる邪霊に。


「まさかね」


 ▽


「いやまさかじゃないだろ」


「やっぱり斗真くんもそう思う?」


 次の日の放課後。追試のために集まった教室の片隅で、晶は昨日の一件を斗真に伝えていた。


 二人と同じクラスの上ノ原涼。


 斗真は彼と去年も同じクラスだったこともありよく話す仲だ。


 そんな斗真でも首を傾げてしまう、涼の例の言葉。


「お祓いに行け、ねえ……。しかもお前ってことは、【蜘蛛】と【鯨】の両方のことを言ってるんだよな」


「じゃあ上ノ原くんは霊感があるのかな」


「高麗先生のリストに名前はなかったけど、十中八九そうだろうな。てことは当然俺のことも気づいてるんだろうなー涼のやつ」


「誰がなんだって?」


 がしっと斗真の頭にアイアンクローをかましたのは、話題の人物である涼だった。


「あいててててて!」


「斗真ぁ〜! この短期間で物怪憑モノノケつきがクラスに二人も現れた俺の気持ちにもなりやがれ」


「悪かった悪かった! てかやっぱ霊感あんだ?」


「あったら何なんだよ!」


「あるんだ」


「おー転校生。やっぱお前が一番やべえ。塩水に浸けて天日干ししてやろうか」


 涼はそう言い捨ててドスドスと大股で自分の席まで戻って行ってしまった。


「そんな人を切り干し大根みたいに」


「お前ほんと物怖じしねーよな」


「ねえ、上ノ原くんに本当に霊感があるなら私達あんまり近づけないよ。邪霊を引き寄せちゃう」


「そうだよな。でもさ、そもそもクラスメイトと距離取るのって難易度高くね?」


 二人がこそこそと話していると、追試の束を持った星野が教室に入ってくる。


「追試落としたら俺と一対一で勉強会してから再追試だからなー」


「う」


 それだけは絶対に嫌だ。晶は気合を入れてペンを握った。


「では開始」


 辰海に教わった文法問題はバッチリ解けた。


 英単語も全て埋め終え、晶はふうと息を吐いて解答用紙から顔を上げた。


 黒板の前では腕組みしている星野がじっと晶のことを見ている。


 晶はぎくりとして、ぱっと顔を伏せる。


 星野の目を見過ぎてはいけない。


 催眠にかかったかのように体の自由が効かなくなるからだ。


 無事に追試は終えたものの、どっと疲れた晶はいつの間にかうつらうつらと舟をこぎ始めていた。


 ▽


「晶ちゃん、晶ちゃん。起きて」


 肩を揺さぶられる感覚に、晶はゆっくりと目を開ける。


 机に突っ伏した状態でずっといたらしい。体の節々が悲鳴をあげている。


 また居眠りをしてしまったようだ。


 晶は軽く頭を振り、自身の肩に手を置く凪を見る。


 心配そうな表情をした友人は、そのままちらりと前を見るように視線で促してきた。


「それじゃあクラス会議サボりの上ノ原と、爆睡の本野は強制で買い出し係ということで。以上」


「……買い出し?」


 また寝ている間に何かが決定している。


 黒板に並んだ名前を見て、晶は目を瞬かせるのだった。


「晶ちゃん寝すぎ!」


「本当にごめんなさい」


 まともにクラス会議に参加していないことは晶も反省している。


 体育祭が迫りクラスの団結力が試される中、やる気がないように見えてしまっているだろう。


 頬を膨らませながら怒る凪を宥めながら、晶は帰り支度を始めた。


「しかも涼と同じ係なんて、一人でやるようなものだよ。バイトですーぐ帰っちゃうんだから」


「凪、上ノ原くんと話したりするの?」


「去年同じクラスだったんだ。でもあいつ、口悪いし付き合い悪いし授業終わったらすぐ帰るし。よく分からないんだよね」


「じゃあさ、上ノ原くんって――」


 霊感あるとか聞いたことある? 


 と直球で聞けたなら、晶も苦労はしない。ただ他に言葉が思い浮かばず、おもむろに口を閉ざす。

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