第27話

「お待たせしましたー……?」


 そしてその気持ちのまま理事室に向かった晶だったが、戸を開けた瞬間に漂ってきた剣呑な雰囲気に思わず身を硬直させる。


「え? なにこの雰囲気」


 円卓に腰掛ける白鷺、高麗、斗真、辰海の視線を一気に浴び、たじろぎながら椅子に座る。


 三人が三人とも厳しい表情をしている。冷や汗を浮かべる晶に白鷺が口を開いた。


「晶くん、何か我々に言い忘れていることはないかな」


「言い、忘れ?」


 慌てて記憶を探るが思い付かない。


 助けを求めるように斗真に視線を向けるが、その斗真もまたじっとりとした目で見てくるだけだった。


「例えばまた不審者に待ち伏せされてたとかまた不審者に透視されそうになったとかまた不審者に捕まえられそうになったとか」


「あっ! ええっと、それは……はい、すみませんでした」


「ったく、そういうのは言えって言っただろ!」


「ごめん、色々あって機を逃したというか何というか……」


 うっかり若菜の事を報告し忘れていた。


 恐らく高麗から白鷺の耳に入ったのだろう。


 晶は肩身狭そうに白鷺の隣に腰掛ける。


「頼むよ晶くん。その不審者は透視を使ってくる。ただ者じゃないんだから」


「ねえ、その透視ってどのレベル? 俺も壁の向こうを見たりできるけど、もしかしてそんなレベルじゃないくらいヤバいの?」


「ポケットに入れた定期入れの名前を読み取れる程度にはヤバいね」


 白鷺のその言葉に辰海は眉を寄せる。


 晶はこれ以上この話を続けると要らぬ墓穴を掘ってしまうのではと冷や汗をかいた。


「あの、透視の事は辰海くんには追い追い説明するとして……本題に入りましょう理事長」


「ふむ、それじゃあまずは情報共有だ。みんなこれを見てくれ」


 さらりと切り替わった話題にほっと胸を撫で下ろす晶。


 その隣で白鷺が円卓中央のモニターに写真を投影する。


「これは高麗先生が念写に成功した【蜂鳥】と【鯨】の呪画だ」


「念写!?」


「その場に残っている邪霊の残渣を写したんだ。見づらくて申し訳ないけど」


「いや何者だよ」


 荒い写真を見つめながら辰海が一つ頷く。


「間違いなく井戸の中で見た壁画だ。ね、晶さん」


「うん。【蜂鳥】も私が見た天井画に間違いないです」


「この二体は霊杭の出現前後に突然現れ、ピンポイントで霊感のある生徒を攫った。前に晶くんが言っていたように、それでは間に合わない。邪霊の出現を事前に予測しないと」


「データが少なくて傾向が取れないんだけど、現時点でこの二例に共通しているのは、放課後の校舎裏、霊感のある生徒の存在、そして本野さんの存在だ」


 突然話題に出された晶が「へ?」と声を出す。


「つまり、その条件が揃うと邪霊が自らお出ましになるってことか?」


「確定ではないけどね。本野さんの中の【蜘蛛】に引き寄せられた邪霊が、たまたま近くにいた霊感のある生徒を狙った可能性は否定できない。けれどもしそうなら、君達でも同じことが起こるかもしれないんだ」


 斗真と辰海が顔を見合わせる。


「分かった。俺達の中の邪霊が他の邪霊を引き寄せるかもしれないから、なるべく霊感のある生徒と一緒にいない方がいいんだ」


「なるほど」


 辰海の簡略的な説明に斗真がポンと手を打った。


「霊感のある生徒のリストの進捗は?」


「おおよそ半分といったところです。霊感の有無は実際に会えばすぐに分かるんですが、なにぶん全校生徒となると時間がかかります。健康診断で一斉に確認できればいいんですが……」


「では現時点でのリストを共有しよう。君達はなるべくリストに載っている生徒には近付かないこと。放課後なんて特にだよ」


「はーい」


「あの、高麗先生」


 話の切れ目を待っていた晶がちょこんと挙手をする。


 晶の神妙な顔に高麗は「ん?」と首を傾げる。


「先生は見ただけで霊感があるか分かるんですか?」


「分かるよ。本野さんにも最初からあるって言ってるじゃない」


「じゃあ、あの、――星野先生は?」


 晶のその質問に高麗は目を丸くする。


「星野? なんで?」と辰海が訝しげな表情を浮かべている。


「不審者に会った時、星野先生が止めに入ってくれたんですけど……結界、とか怨み屋とか、すごく詳しくて、学園の幽霊の話も知っていたしもしかしたらと思って」


「止めに入った? 星野先生が?」


「は、はい。その不審者のこと『ハーリット』って言ってました」


 ハーリット、昔から存在する怨み屋集団。


 その単語を聞いた高麗がさっと顔色を変えた。


「そこまで知っててなんでその場で仕留めないかなあいつは」


 珍しく怒りと呆れが混ざった表情をする高麗に晶は驚く。


「確かに星野先生は霊能力者だ。それもめちゃくちゃ訓練を受けているプロ中のプロ。この世には霊能力者の育成機関っていうのがあるんだけど、そこで僕の同期だった」


「え!?」


「星野先生が!?」


 生徒達が驚きで絶句する中、高麗は続ける。


「僕とは別ルートでこの学園に派遣されてる。目的も違うだろうし、霊能力者は互いの仕事に介入しないんだ。理事長が許可してるから知らんふりしてたんだけど……」


「でも目的って、邪霊絡みですよね? 理事長は星野先生のこと知っててこの学園に受け入れたんですか?」


「そうだね。まあビジネスの話だから君達には言わなかったが……星野先生の所属しているところとは長い付き合いなんだ」


 白鷺は席を立ち、コーヒーメーカーのボタンを押す。


 プシュッと空気が抜ける音とともに、香ばしい香りが部屋に漂った。


「星野先生の所属する機関は、以前から怨み屋退治に力を入れている。邪霊を狙う外部組織からこの学園を守ってもらうために、先生として工作員を派遣してもらっているんだ」


「対怨み屋専門ってこと……?」


「本野さんを狙う不審者が怨み屋ならまさに星野先生の管轄だ。ただ、それ以上の深入りは契約外。白鷺家は邪霊の【監視者】として高麗先生を雇っている。星野先生が独断でどこまで動くか」


「邪霊の情報くらいは探っているでしょうね。個人の判断で奪取まではしないとは思いますが……」


「え? 待ってくれ。星野先生は敵じゃないよな?」


 焦り顔の斗真が白鷺に詰め寄る。


 対する白鷺は「もちろん」と笑顔を見せた。

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