第13話
部屋の外から聞こえる足音に、晶はふと我に返る。
ふすまを開けてひょっこり顔を出すのは白鷺だ。
「晶くん! 具合はどうかな?」
「理事長。私は大丈夫ですよ。ただの擦り傷です」
「高麗先生から聞いたけど、【蜂鳥】と取っ組み合ったそうじゃないか。ちゃんと診てもらうんだよ」
「はい。あの……斗真くんは大丈夫でしょうか」
「ああ彼なら――」
白鷺が何かを言いかけたその時、スパーン! と客間のふすまが開いた。
同時に包帯でぐるぐる巻きにされた斗真が、真っ青な顔をして飛び込んでくる。
「た、た、助けてくれ!」
「どうしたの斗真くん!?」
まだうまく動けないはずの体で、斗真は部屋の隅に隠れてしまう。
尋常じゃないその焦りように晶はまた【蜂鳥】絡みかと身構える。
ガタガタと震える斗真はふすまの向こうを指差して言った。
「来る……あ、あいつが……」
ふすまの向こうに、ゆっくりと人影が現れる。
ドュルドュルドュルと嫌な音を立てながら、客間に足を踏み入れたのは――
「では西條くん。少し背中の皮を削ろうか……!」
片手に電動ドリルを持った高麗だった。
「ぎゃー!! 削られるーー!!」
「心配しなくても上手くやるよ……ふふっ」
「高麗先生、止めてあげてください」
大分動けるようにはなっているが、まだ顔色の悪い斗真に晶は不安が募る。
「斗真くん体は大丈夫?」
「ああ、大丈夫。もう元気だし。火傷も……」
そう言ってちらりと体に巻かれる包帯を見て、斗真は顔を青ざめさせる。
晶はその様子に焦って問いかける。
「火傷が痛むの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「あの炎は呪術的な要素があるらしく、普通の処置では治らないんだ。体の内側から浄化しないと」
「内側?」
口を噤む斗真に代わり高麗が口を開く。晶が首を傾げるのを見て続ける。
「そう! そこで対呪術特製ドリンクの出番なんだけどね。どうも西條くんの口に合わないみたいで……」
そう語る高麗の傍で既に口元を押さえている斗真。
「確かに、飲んだらすぐに治るんだよな……だから俺は大丈夫」
「そ、そう……」
納得のいった表情で同情する晶だった。
「では、西條くんの治療の目処がついたということで、これから一旦情報共有をしよう」
「西條くんには治療中に邪霊の説明はしてあります。【蜂鳥】と、本野さんの【蜘蛛】のことも」
晶はきゅっと唇を引き結び、こくりと頷いた。
「まずは二人とも無事で良かった。そして【蜂鳥】の捕縛に感謝するよ。最初から順を追おう。まず私と晶くんが倉庫裏で防空壕へと続く穴を見つけた。その後、高麗先生と西條くんと合流し、突然【蜂鳥】が現れた――」
「霊杭はありませんでしたよね? あんなに突然出てくるんじゃ、対応が間に合わないんじゃ……」
晶の疑問に高麗が答える。
「霊杭は君達が穴に引き摺り込まれた後に出現した。必ずしも邪霊出現の予兆になるわけではなさそうだ。それと【蜂鳥】が何故突然現れたのかは、理由が分かったかもしれません」
高麗の言葉に他の三人が「えっ」と声を揃える。
高麗は真面目な表情で斗真を見た。
「西條くん。君には元々霊感があるよね?」
その問いかけに、斗真はぐっと押し黙る。
晶はポカンとしながら斗真を見つめた。
「そうなの?」
「霊感、と言っていいのか。昔から第六感みたいなのは、多少」
「君には【蜂鳥】が見えていた。邪霊は霊感がないと見えないんだ。あの時【蜂鳥】を見ていたのは、霊感のない理事長を除く僕達三人。本野さんは既に【蜘蛛】を喰っているから、【蜂鳥】は僕か西條くんを狙って現れたんだろう。ボーッとしていた理事長が狙われなかった時点で、霊感のない人間には興味がないと見える」
「じゃあ邪霊は霊感のある人に取り憑こうとしている……?」
高麗は斗真の言葉に首を振った。晶と斗真が顔を見合わせる。
「であれば、邪霊は僕を狙うはずだ。邪霊に霊感の有無を見抜く力があるのなら、真っ先に僕の霊感に引き寄せられるはずだから」
「そっか、高麗先生はそっちのプロだから……」
「でも実際に狙われたのは西條くんだった。僕の予想では、邪霊が取り憑くのは――霊感のある生徒だけなのではないかと思います」
生徒だけ。その言葉に晶は聞き覚えがあった。
『贄はやはり生徒でなくてはいけなかったんだ!』
「あっ」
晶が【蜘蛛】を飲み下すのに必死になっていた時、若菜が言い放った台詞。
晶は今更そのことを思い出した。
「今思い出したんですけど、若菜って人もそう言ってました! 贄は生徒じゃないといけないって」
「確定か」
白鷺が難しい顔でソファに座り直す。
「邪霊に狙われるのは霊感のある生徒。厄介だな」
「すぐに霊感のある生徒をリスト化しましょう。次に――二人が引き摺り込まれた防空壕ですが、完全に地下の封印の場に繋がっていました。本野さん、【蜂鳥】の呪画はどこに出現した?」
「大きな白い柱から続く部屋の、天井です」
「ということは【蜂鳥】は封印が解かれてから移動していなかったのか」
「あのー、封印の場って?」
斗真がおずおずと手を挙げる。
「柱と五つの部屋がある空間があっただろう。そこが封印の場。元々はあそこに邪霊を封印していたんだ」
晶は白い岩でできた空間を思い出す。
あの時、晶は一本道を進んでいると思っていたが、いつの間にか防空壕から封印の場に足を踏み入れていたのだ。
「封印の場に抜け道があったとは。まさか封印を解いた者は防空壕から出入りしていたのか?」
「可能性はありますね。西條くん、炎に引き摺られた後はどこまで覚えている?」
「それが……本野と引き離されてから記憶が曖昧で」
「斗真くん、石の部屋に居た時はもう反応がなかったです」
「そうか……いわゆる、霊媒師などが憑依儀式を行う間に意識がなくなるのと同じ現象かもしれないね」
「儀式、」
『僕は今感動しているんだ。邪霊憑依の儀式を目の前で見た!』
「そんなことも、言っていたような」
晶が記憶の奥底を掘り起こそうとするのを、高麗がじっと見つめる。
「報告にはなかったと思うけど……なんだか急に思い出すね?」
「すみません。あの人今思えばめちゃくちゃ喋ってたんで、全部は思い出せてなくて」
「大丈夫。話を戻そう。西條くんは意識のない状態で【蜂鳥】に取り憑かれた。西條くんの体は発火し、それを本野さんが物理的に止めた。間違いない?」
「はい」
「物理的にって……?」と斗真が戸惑いを見せる。
晶は申し訳なさそうに斗真を見返して言った。
「ごめん、手加減はしたつもりなんだけど。顎大丈夫そう?」
「晶くんは確か空手黒帯だったね」
「黒帯!?」
白鷺の言葉に斗真はポカンとして自分の顎をすりすりと撫でた。
「見えねー」
「うん。よく言われる」
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