第14話
「邪霊といえど、取り憑いた人間を直接攻撃されればダメージが入るということだ。晶くんが戦えることは不幸中の幸いだった」
「それと、本野さんに炎が効かなかったのもよかったですね。その後、なんとか呪器で【蜂鳥】を休眠させることができた。地下で起こったことは以上です」
「各自、他に何か気付いたことは?」
白鷺の声に晶がひょいっと手を挙げる。
「個人的なことなんですが、傷の治りが異様に早い気がします」
「というと?」
「【蜂鳥】と戦った時、肩と脇腹を怪我したはずなんです。でももう綺麗に治っていて」
晶はそう言って腕まくりをして肩を露出させた。そこには傷も痣もない。
「怪我ってどれくらいの?」
「体感、打撲以上ですね。骨にヒビくらい入ったかなと思ったんですけど」
「すげーあっさり言うなあ」
「西條くんの治療に入る前に本野さんも軽く診察したけど、骨折してたらさすがに僕が分かるよ」
「ではそれまでの間に治ったと?」
四人はそれぞれ考え込む。高麗が晶の肩に手をやり、何かを探るように目を閉じた。
「――うん、何かしらの力の残渣を感じる。でも本野さんの持つ力なのか【蜘蛛】の能力なのか分からないな」
「こんなこと生まれて初めてです。【蜘蛛】の能力じゃないでしょうか。邪霊に取り憑かれた人間は、人智を超えた力を持つ。私にもそれが当てはまるのかも……。そうだ、斗真くんも。ダウンから立ち上がるまでが早すぎた気が……」
ブツブツと独り言を零す晶の肩を診察しながら、高麗が思い出したように発言する。
「そうだ。西條くんの診断ですが、【蜂鳥】が取り憑いたまま、呪器――その指輪で【蜂鳥】の意思を眠らせている状態です。指輪を外してしまうとまた【蜂鳥】に体を乗っ取られる可能性が高い」
「げっ!?」
斗真は自分の左薬指に嵌った銀色の指輪を見て顔を青くしたり赤くしたりする。
そして「絶対外さないように」という高麗の念押しにガクガク激しく頷いた。
「ど、どうしたら【蜂鳥】追い出せるんすか」
「ええと、あと三体の邪霊を見つけないといけないの。私の中にも【蜘蛛】がいるから、斗真くんとお揃いだよ。頑張ろうね」
「う、嬉しくねー……」
がっくりと肩を落とす斗真に対し、白鷺が申し訳なさそうに口を開く。
「本当なら呪器そのものに邪霊を閉じ込めたかったんだが……こうなってしまっては仕方がない。西條斗真くん、君も晶くんと同様、邪霊封印に手を貸してくれないか」
白鷺の言葉に斗真はピクリと眉を上げた。
「白鷺理事長、俺は正直……あんたを信用できない」
そうぴしゃりと言い放つ斗真に、三人は目を丸くする。
斗真は真剣な表情でその理由を語り始めた。
「最近学校におかしな雰囲気を感じてた。俺の第六感――霊感なのか分からないけど、とにかくそれがガンガン異常を察知してた。そんな中なんの前触れもなく、突然姿を消した人がいる」
白鷺と高麗の表情が途端に険しいものに変わる。
晶は話が分からず、ただ黙って斗真の話の続きを待った。
「佐倉先生のことだ」
「さくら先生?」
さくら、サクラ、桜。転校してきて日の浅い晶には、そんな名前の教師がぱっと思い浮かばない。
「去年俺のクラスの担任だったんだ。今年度から急に退職したことになっているけど、俺には分かる。学園にまだ佐倉先生の気配を感じる。朝から晩までずっと。佐倉先生は学園のどこかにいる。なのになんで辞めたことになってるんだ。おかしいだろ。学園の上の奴らが無理矢理佐倉先生のこと捕まえてるんじゃないか」
「そんなことはしないよ」
「理事長、俺はあんたに聞いたよな。佐倉先生に、本当は何があったのかって。あんたは誤魔化すだけで真実を話さない。だから信じられない」
しん、とその場が静まった。
晶に理解できたことは、学園を辞めたはずの教師がまだこの学園にいて、白鷺達がそれを隠しているということ。
白鷺はしばらく黙った後、重い口を開いた。
「佐倉ひなこ先生は――邪霊の封印が解かれたその日に、突然消息を絶った。彼女の親族を名乗る人物から学園に退職の連絡が来たよ。なんでも急病らしい。おかしな話だとは思うが、これが事実だ。ただし真実ではないと我々も思っている」
「え?」
白鷺の説明を高麗が引き継ぐ。
「西條くんの言うとおり、彼女の気配が学園に残っているのはもちろん僕も感知している。ただそれが何故なのか。理由を考えたらある可能性に辿り着いた。つまり、佐倉ひなこが邪霊の封印を解いた犯人で、姿をくらませた後、今もこの学園に潜んでいるのではないか」
思わぬ話の展開に晶は目を見開いた。
「そんな馬鹿な! なんで佐倉先生がそんなことを!?」
「それが分かったら苦労しないよ。ただ、この学園の邪霊は強大で、霊能力者の中でも有名なんだ。誰かが何か企んでいたとしてもおかしくはない」
「そんな」と斗真は愕然とする。佐倉のことをよほど信頼していたのだろう。まさか元担任がこの騒ぎの元凶だったなどと考え付きもしないのは当然だ。
「邪霊の封印を解いた犯人……最初から見当がついていたんですね」
「確定ではないから本野さんには話さなかったんだ。ごめんね」
「佐倉先生はいい教師だったと聞く。だから西條くんも我々が彼女をどうにかしたのだと思ったんだろうが……どうか信じてほしい。我々は邪霊を封印する側の人間だ」
斗真はぐっと奥歯を噛み、諦めたように脱力した。
「でも」
「斗真くん。私は斗真くんが協力してくれたら嬉しい。同じ境遇の理解者は斗真くんしかいないから」
晶の真剣な瞳にはまだ決心のつかない斗真の姿が映り込む。それでも晶は斗真に向けて手を伸ばした。
「うん、うん……そうだよな。分かったよ。本野だけをあんな危険な目に遭わせられないもんな。一緒にやるよ」
「ほんと? やった」
晶が差し出した手を斗真が照れ臭そうに握った。二人のその様子を見て白鷺と高麗は目頭を抑えている。
「ありがとう……本野さんマジでありがとう……」
「いやー青春だねえ」
こうして【蜂鳥】をその身に宿した斗真は晶達と一緒に邪霊探しをすることになった。
この時晶は忘れていた。
地下空間で佐倉ひなこの定期入れを拾っていたことを――。
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