第45話
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涼の手首には呪器である
ブレスレット状のそれを嵌めると、【蜥蜴】は弱っていたこともあり、たちまち休眠状態になったようだ。
しかし涼の呼吸は弱々しく、地上に上がってすぐに白鷺とともに即救急搬送。
辰海は外傷はほぼないが、若菜の弾が掠めたこともあり、高麗の霊的治療を受けるため白鷺邸へと運ばれた。
一方ボロボロの晶はというと、高麗の手からポイッと星野へと託され、斗真と一緒に保健室で手当を受けていた。
「どうせすぐ治るんで、適当でいいです」
「馬鹿を言うんじゃない」
「なあ、理事長と涼は大丈夫だよな?」
斗真の問いに星野は口を噤む。涼が自ら刺した矢は急所を外れていた。
一方、星野から見て白鷺の容体はかなり悪いものだった。
「きっと大丈夫」
目を伏せた晶が言う。
「理事長はハーリットに抗った。だからあんな目に遭った。あの人は邪霊を利用しようなんて思ってない。ねえ、星野先生。理事長を信じよう」
星野はハッとして晶を見た。星野が危惧していたのは、白鷺が邪霊の価値を利用するために、ハーリットと繋がっている可能性だった。
だから星野は白鷺を疑い、高麗を疑い、晶にしつこく忠告してきた。
それをもう終わりにしようと、晶は言っているのだ。
「……白鷺に関しては、白ということにしよう。だが俺は邪霊の封印には反対だ。そこは譲れない」
「え? 先生も霊能力者なんだろ? 封印せずにどうするつもりなんだ」
斗真は訳が分からないと言った表情を浮かべている。
星野は晶の傷を消毒しながら押し黙った。
「ああ、そうだ。そのことなんだけど。私、邪霊を封印するのやめる」
晶が言い放った言葉に、斗真と星野は驚愕し言葉を失った。
晶は自分の手の甲に視線を落としながら、降り注ぐ二人の視線を受け止めている。
「な、なんで?」と斗真が目を丸くして聞く。
「つまり除霊する気になったということか?」
「いいえ」
そうきっぱりと否定する晶は、凛とした視線を星野に返す。
それは意思の固まった瞳だった。
「今回、理事長と涼くんが危ない目に遭って思ったんです。星野先生の言うとおり、邪霊の存在自体が争いを生むって。でも邪霊はこの地の人間を守ろうとしているだけで、本当はいい幽霊なんですよね」
「本野……?」
「斗真くんも分かってるはずだよ。だって私達邪霊と共存してるんだから。邪霊は敵じゃない。――だから、成仏させます」
あんぐりと口を開ける斗真の横で、星野も虚を突かれたようにぽかんとしている。
「あ、成仏させた方がいいっていうのはね、元々涼くんの意見なんだけど。私もそう思うからそうしたいんだ。斗真くんはどうかな」
「い、いやどうと言われても……成仏? それが今まで出来なかったからこうなってるんじゃないのか?」
「ううん。それは【監視者】達が無理矢理邪霊をこの地に縛り付けていたから。本当は除霊もできるんだって。それなら成仏だってさせられるでしょ、星野先生――先生?」
晶はさっきから顔を伏せている星野に問いかける。
しかし星野は黙ったままふるふると肩を震わせていた。
「なんか怒ってね?」
「嘘。どうしよ」
顔を突き合わせる晶と斗真の頭に、がしりと星野の手が乗る。
「ほんっと、どうしようもないガキ共だな」
星野はそう言って、困ったような諦めたような笑顔を浮かべた。
そのままわしゃわしゃと二人の頭をかき混ぜて、席を立つ。
「いいか。次に邪霊が出たら俺を呼ぶんだ」
「え、なんで?」
「なんでじゃないだろうが。成仏でもなんでもやってみろ。ただし失敗したら俺が祓う。それで問題ないな?」
「でもさー、先生は怨み屋の方どうにかしてくれよ。専門なんだろ?」
「それにまた高麗先生に怒られますよ? でしゃばるなって」
「あいつは……いや、なんでもない。ハーリットの件は、後手後手ですまないとは思っている。ただ奴
星野の独り言のような台詞に晶は心の奥で納得した。
そんな晶の視線に気付いた星野が顔を上げる。
「奴
「何を」
「佐倉先生がハーリットだったって」
晶の言葉に斗真がピクリと肩を震わせた。
そのまま晶の視線を追うようにして、胡乱な目で星野を見る。
「じゃあ最初から怨み屋だって知ってて、佐倉先生が学園に居るのを許してたのかよ」
「佐倉は優秀な工作員だった。俺も高麗も奴が邪霊の封印を解くまで気が付かなかったんだ。ただ、封印解除後に消息を絶ったということは……もう人間の形はしていないだろうな」
さも当然と言いたげな星野の言い方に、斗真は眉根を寄せる。
晶は宥めるように斗真の肩に手を置き、星野に向き直った。
「とにかく邪霊は突然現れるので先生を呼べるか分かりません。祓いたいなら自力で来てください」
「ハア、言ってくれるな。つくづく『転校生』にピッタリの性格だよ。詳しい話は後日にしよう。表にタクシー呼ぶから乗って帰りな」
星野は大袈裟に肩を落として見せた後、保健室から去ろうとする。
時間はもう真夜中に近い。晶と斗真は素直に頷いて帰り支度を始めた。
「――そうだ。あいつのこと、ちゃんと見とけよ」
星野が部屋を出る前に振り返り言った。
晶が首を傾げるのを見て星野は続ける。
「和屋凪。仲良いんだろう。アレは霊媒師の家系だ。うちのクラスでは上ノ原の次に霊感が強い」
「えっ」
「凪が!?」
晶と斗真は揃ってギョッとする。
二人にとって凪は近すぎる存在だった。
霊感が強いということは、二人に憑く邪霊に気づいていた可能性が高い。
凪は知っていて黙っていたのか。
【蜘蛛】の憑く晶に気づいていてなお友人としていてくれているのか。
それとも何か別の目的が――?
そこまで考えて、晶はバチンッと自分の頬を打った。
すぐに友人を疑うなんて、思考回路がおかしくなっているに違いない。
「うおっ!?」と斗真が跳び上がるのを横目に深く息を吐く。
「分かりました」
星野は晶の返事を聞いて、片手を上げて去って行った。
斗真が煮え切らない表情で星野の背中を見送っていると、突然ぽすっと斗真の胸元に晶の頭が寄りかかった。
「おわっ」
「もう疲れた。もう考えたくない」
「……ん、そうだな」
疲れからか、晶の顔色が悪い。今日だけで色々なことが起こりすぎた。
斗真は晶の細い肩に手を置く。
「俺は本野のやりたいことに賛成するよ。だからもっと頼ってほしいと思ってる。少しでも不安なことがあったらなんでも話してほしい」
「仲間だろ」と続ける斗真に晶はこくりと頷いた。
「うん。ありが、とう」
斗真に身を預けたままうとうとし始める晶の背に、斗真はそっと手を回した。
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