六、猿の儀式
第46話
――三日後。
すっかり怪我の治った晶は、授業中にもかかわらず理事室のオカルト系書籍を読み漁っていた。
邪霊を成仏させるとは言ったものの、方法がさっぱり分からないからだ。
それこそ専門家に聞いた方が早いのだが、晶の知りうる専門家は今全員それどころではない。
白鷺が一命を取り留めたと連絡が入ったのは、【蜥蜴】出現から一夜明けた日の午後だった。
白鷺が襲われたことについては表向きには誘拐未遂として扱われ、警察の捜査が入っている。
高麗は自分のいないところで白鷺がハーリットに襲われたことに責任を感じたらしい。
辰海の治療を終えた後はずっと病院張り付いている。
星野は星野で睡眠をろくに取らずに授業をしているようだ。
晶は円卓に座って黙々と本を読み続けていた。
余計なことを考えないように集中しようとするが、そわそわする体を抑えるのに必死だ。
一行読んではスマホに目をやり、二行読んではメッセージの確認をする。
「まだかな……」
晶が待っているのは涼からの連絡だった。
高麗いわく、涼は傷の縫合を受けて入院することになったが、元気に回復しているとのこと。
斗真に連絡先を聞き、メッセージを送ったのは昨日の夜。
そろそろ退院すると聞いているが、いつ会えるのか。
晶は不安で仕方がなかった。
涼の自傷に少なからずショックを受けていたからだ。
晶がまともに動けていれば涼にあんなことをさせずに済んだかもしれない。
「私の役立たず」
晶は静かに顔を伏せた。
若菜に力で敵わなかったことも、晶を気落ちさせていた。
【蜘蛛】の能力はいまだによく理解していない。
ただ、辰海に指摘されたのは、晶をサポートするように動いているということ。
晶の背後から出る脚を使って時に守り、時に攻撃する。
恐らく若菜はそれを分かっていて、晶との距離を瞬間的に詰めてきた。
背中に密着されてしまうと脚が出せないのだと、あの時初めて知った。
「次は背後に回らせない、間合いを取る、急所を狙う……急所を……」
次は負けない。晶は頭の中で繰り返しシミュレートする。
しかし一度ついた敗北のイメージのせいで、中々勝てる算段がつかない。
「いたいた。おいサボり魔」
ずーんと沈む晶の頭をべしっと叩いたのは、授業を終えた辰海。
その後ろには心配そうな表情をした斗真の姿があった。
「なに、具合悪いの?」
「ううん。自主的理事室登校……」
「なにそれ」
「辰海くんこそ体大丈夫なの?」
晶の問いに辰海は「もう平気」とぐるりと肩を回して見せる。
斗真が授業のノートを差し出しながら言いづらそうに口を開いた。
「授業出ないと星野先生キレそう」
「ええ……ちょっとくらい、大目に見てほしいな。ノートありがとう」
そのまま再びぐだっと伏せてしまう晶を見て、斗真と辰海は顔を見合わせた。
「なあ本野。今って部活動中断してるだろ? 俺達放課後に高麗先生の特訓受けようと思ってるんだけど」
「特訓?」
「呪器は使えば使うほど持ち主に馴染むんだって。邪霊の力を上手く使えるようにならないとまた怨み屋が現れたら勝ちきれない。残り一体の邪霊は星野が警戒しててくれるってさ」
「うん……分かった。じゃあ私は霊杭探してるね」
そんな消極的な応答に辰海がビヨーンと晶の頬を抓る。
「いひゃひゃひゃひゃ」
「話聞いてた? このままじゃ俺達勝てないって言ってんの。晶さんも一緒に来るんだよ。【蜘蛛】の扱い適当なままでいいと思ってるの?」
「ひゃっへ」
「だって?」
「私には呪器もない。【蜘蛛】の力だって使おうと思って使ってない。それに理事長も涼くんも心配だし、凪に会ってどんな顔すればいいのか分からないし……こんなんじゃ何も手につかないよ」
ごんっと額を机に押し当て黙ってしまった晶に斗真が声をかける。
「和屋、心配してたぞ。本野と連絡つかないって」
凪が霊能力者だと判明した今、接する距離を推し計らないといけなくなった。
残り一体の邪霊はどこに潜んでいるか分からない。
しかし確実に生贄を探しているはず。晶の側にいることは凪にとって危険すぎる。
「やっぱり学校来ない方がいいのかな……」
晶がポツリと零したその言葉に二人が言葉を返そうとした時だった。
「ちーっす」
ゴンゴンと激しいノックの後に理事室の扉を開けたのは、頭に包帯を巻いた涼だった。
「あ」
「涼」
「涼くん!?」
「おー。全員生きてんな」
ガバリと上体を起こした晶は、涼の姿を見てみるみるうちに目に涙を溜めていく。
「よか、よかったあ」
「あ゛ー! だから真顔で泣くなって! 分かったから!」
わしっと晶の顔面を掴む涼に晶は言う。
「返信してよ! 心配したじゃん」
「どーせ学校で会うんだからいいだろうが」
「体治ってないし!」
「んな早く治るかよ!」
「俺と晶さんは完治してるけどね」
「超人か」
取り憑いた邪霊によって治癒にかかる時間が違うようだ。
ただそれでも常人より遥かに治りは早い。
ぐずぐずと鼻を鳴らす晶は思い出したように口を開く。
「涼くんのお父さんは大丈夫なの?」
「あー。もうピンピンしてる」
「最初に涼の父親が【蜥蜴】を見つけたんだってね。よく無事だったよね」
「ホントだぜ。あ、そうだ。おおかたの事情は
涼はそこまで言ってから、唐突に鞄から一枚の紙を取り出し、円卓に向けて雑に投げた。
ふわりと舞ったそれは、サインされた入部届。
目を丸くする晶の両隣で「えっ」と驚きの声が上がる。
「涼がうちに入部!?」
「うわ、あの涼が部活とか考えられないんですけど」
「なんだその反応は! 俺がいらないならいらないってはっきり言え!」
ギャーギャーと揉め始める男子達に、晶は咄嗟に「いらなくない!」と叫んでいた。
「嬉しい」
ボロボロと涙を零しながら涼の入部届を抱く晶の様子に、男子達は言い争いを止めた。
それと同時に、ノイズ混じりの校内放送が流れ出す。
『歴史研究部。職員室に来なさい』
「うわっ」
突如部屋に響いたその内容に、晶は涙をビタリと止め、がっくりと肩を落とす。
「はあー。星野先生だ」
「俺たった今入部したばっかなのに」
今後の活動について星野とは擦り合わせをしたいところではあったが、晶は当然授業のサボりを咎められるだろう。
口をへの字にして荷物をまとめ出す晶に、斗真の視線が注がれる。
「本野って……泣くんだな」
「は? ふつーに泣くぞあいつ」
ふと斗真が零した言葉に、涼はさも当たり前のように答えて部屋を出る。
「行こっか」と涼と肩を並べて理事室を出て行く晶の背を、斗真はじっと見つめた。
「嫉妬は見苦しいよ」
「ち、違ぇよ! あいつらなんか妙に仲良くなってないか?」
「嫉妬じゃん」
「違う!」
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