第36話

 ▽


 体育祭の打ち上げの誘いを断るメッセージを送った後、晶は一人ある場所へと向かった。


 体育祭が終わった後、鼻血を出した晶を気遣ってか、クラスメイト達の晶を見る目は優しかった。


 皆必死になって晶を打ち上げに誘ったが、晶の背負うオーラがあまりにも沈んでいて、帰っていく晶の背を見送ることしかできなかった。


 斗真と凪から心配するメッセージが届いたが、晶はスタンプで返信するにとどめる。


 小高い丘を上り、ぼんやりとした街灯に沿って目的の場所に辿り着く。


 そこは上櫻神社だった。


 澄んだ空気が晶の髪を揺らす。


 晶は学園ではないどこかで考える時間が欲しかった。


 そう思い、気が付けばここに足が進んでいた。


 手水舎の水で手を清め、神前に立ち拝礼する。


 二拍手の後、晶はそのまま動きを止め、限界まで煮詰まった思考を一つずつ解きほどいていく。


 斗真と辰海に、今日のことを報告しなければ。


 でも二人は今、体育祭の打ち上げ中だ。


 白鷺と高麗のいない場所で話したい。


 邪霊探しも同時並行で進めなければ、被害が出る。


 もしも二人が除霊を望んだら、残る邪霊も祓うことになる。


 呪画の状態では見つけるのが困難だというならば、誰かに取り憑くのを待って祓うということか。


 それは、危険すぎないか。


 晶は【蜂鳥】と【鯨】と対峙した時、本当に二人が死んでしまうと思ったのだ。


 次に誰かが同じ状況になって助かるとは思えない。


「長ェよ」


 ボンと晶の頭に何かが乗った。顔を上げた晶の視界で銀色の髪が揺れる。


「お前なんでいんの? 打ち上げは?」


 晶の横に並ぶように涼がいた。晶の頭に乗せた手を下ろし、ポカンとする晶の顔をまじまじと覗き込む。


「なんか顔色悪くね」


「涼くん……なんでここに」


「なんでって、ここ俺ん家だっつーの。まあ正しくは家建ってんのは神社の裏だけど」


「打ち上げは?」


「んなもん行くかよ。ここにいるってことはお前もああいうの苦手なんだろ。で? また岩でも見に――!?」


 その瞬間、晶の双眸からボロリと大粒の涙が零れた。


 涼はギョッと目を剥きその場で飛び跳ねる。


「なんで泣く!? 何もしてねーぞ!」


「わ、分かんない。どうすればいいのか、分かんなくて」


「あーあー真顔で涙を流し続けるな!」


 涼は涙に濡れた晶の顔面をガシッと掴むと、そのままズルズルと本殿の階段まで引き摺っていく。


「お前アレか? 急にパーンと我慢の限界越えるタイプか?」


「分かんない」


「全部分かんねーじゃねーか」


 晶は流れる涙もそのままに、どかっと階段に腰掛けた涼を見下ろす。


 色々なことが起こって、考えなければいけないことがたくさんあって、涼の言うように限界だったのかもしれない。


 自分でも気付かないくらい追い詰められていたのだ。


 晶はスンと鼻をすすり、涼の隣に腰掛けた。


「あのさ、涼くんは幽霊を封印するのと除霊するの、どっちがいいと思う?」


「は?」


「涼くんは幽霊を封印するのと除霊するの」


「繰り返さなくても聞こえてるわ! 壊れたスピーカーか!」


「どっち?」


「どっちもよくねーよ。幽霊は成仏するのが一番だろ」


 涼が当たり前のように言い放ったその言葉に、晶は言葉を失った。

 五回くらい瞬きをして、口をパクパクさせて、また瞬きを繰り返す。


 涼は煮え切らない晶の様子に鋭い目付きを更に吊り上げる。


「なーんーだ? その反応は」


「除霊と成仏って違うの?」


「ちっげーよ! 除霊は霊能力者が一方的に霊を祓うこと。成仏は霊が自ら天にのぼること。霊が現世に未練がなくなったら自然とそうなるはずなんだよ」


 晶にとってその考え方は目から鱗だった。


 完全に封印が除霊かの二択しかないと思い込んでいた。


 そして晶はその二択が本当に最善か、悩んでいた。


 邪霊にとっての最善とは。晶の前に一筋の道が見えた。


「そう、そうだよ。本当はそれが、成仏できるのが一番だよ」


「だろ? 人がなんでもどうこうしようとするのは思い上がりだと思うぜ俺は」


「涼くん……!」


 晶は今度は別の理由で目に涙を溜め始める。


 そして感動や感激が複雑に入り混じった表情で、涼の肩をガシリと掴んだ。


「私分かった。私、邪霊を成仏させたいんだ。多分本当はずっとそう思ってて、でも上手く説明ができなくて……ようやくスッキリした。ありがとう涼くん」


「お、おー。なんかよく分かんねーけどよかったな」


 目に生気が戻った晶を見て涼は内心ホッとする。


 そんな涼に晶は「帰るね!」とだけ言ってその場から走り出した。


 その時、ざわりと神社の木々が揺れた。


 直後に晶と涼の霊感におぞましい霊気が触れる。


 神経に直接やすりをかけられるような不快感。


 涼はその場から一歩も動けなくなる。晶もまた全身を硬直させていた。


「な……んだこれ?」


「まさか」


 ドクンドクンという心臓の音の他に、どこかからボタ、ボタ、ボタ、と粘着質なものが垂れる音がする。


 神社が異様な空気に包まれる中、晶と背中合わせに立つ涼があるモノを見つけた。


「あ、」


 晶が涼の視線を追うと、神社の丁度中心にあるご神木に辿り着く。


 しめ縄が巻かれた幹のしっかりした大樹だ。緑色の葉が夜の色に染まっている。


 その葉と葉の間から、白い手が見えた。


 その手はにゅるにゅると地面に向かって垂れ下がっていく。


 葉の茂みから肘が見え、二の腕が見え、そして次に見えるはずの肩はなく、ただ終わりのない腕が白い反物を干しているかのようにずっと伸び、はためいていた。


「ゔわーっ!?」


「霊杭……なんでここに? ここは学園じゃないのに」


 動転する涼とは対照的に晶は酷く冷静に霊杭の出現を分析する。


 霊杭は学園周辺に潜む邪霊がいる場所に現れるという。


 学園とは離れたこの上櫻神社に何故霊杭が現れたのか。


 まさか晶の【蜘蛛】に引き寄せられて、この場所まで邪霊が出張してきたとでもいうのか。


『古くはここら一帯が櫻場さくらばと呼ばれていて、学園の立っている土地もこの土地も一続きになっていたんだよ』


「あ……」


 ふと思い出した覚の言葉に晶は愕然とする。


 いにしえから存在する邪霊からしてみれば、ここも学園も同じ土地なのだ。


 その証拠に櫻岩があり、地下通路が存在した。


 少し考えればここに邪霊が出てもおかしくないと分かったはずではないか。


 晶は考えの至らなさにぎゅっと拳を握りしめた。

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