第25話

「要するに人を呪ってお金を稼いでるのさ。世の中には誰かを苦しませたくて金を払う人間が山ほど存在する。そういう奴らに囲われて、ハーリットは昔から国内外で暗躍しているんだ」


「人が人を呪うって……そんなことが実際にできるんですか? 霊じゃないのに」


「ハーリットが使う呪術は古来から人の手で練り上げられてきた術式だ。奴らは集めた呪物を使って強力な術を使う。邪霊の力を狙うのも、呪術に使うためだろう」


 晶は若菜の人好きのする笑みを思い出し愕然とする。


 初めから胡散臭くはあったが、そんな恐ろしい集団に属していたなど微塵も感じさせなかった。


 怯えながらも晶は口を開く。


「つまり、人を呪うために霊を捕まえようとしてるってことですか」


「そういうことだ。やはり君に接触してきたな……あいつらに邪霊の力を渡すわけにはいかない」


 星野はそう言って晶に向き直る。


「で、その怪我は?」


「えっ」


「昨日の夜はどこで何してた?」


「ええっ!?」


「さて、これから学校に不審者の報告もするし、ついでに夜遊びをする悪い生徒に指導でもするか」


「き、今日はとても大事な用があって。怪我は、転びまくっただけで。その、」


「いや冗談だよ。危ないから送って――」


 星野は昨日の儀式に感づいている。


 このまま尋問コースかと諦めかけた時、日直の仕事を終えた斗真がタイミングよく校舎から出てきた。


 晶には神の使いのように輝いて見えるその姿は、こちらに気付き訝しげな視線を送ってくる。


「そういえば西條くんと一緒に帰る約束をしてたんでした!」


「何だよ本野、先に行ってるんじゃなかったのか」


 校門を抜けた途端晶にぐいぐいと腕を引かれ焦り出す斗真。


 星野はそんな二人の姿を眺めるように見た後、斗真の手に光る蹄鉄の指輪に視線を移した。


「……そうか。じゃあ、二人とも気をつけて帰るんだぞ。本野さん、話はまた今度」


「はあ」


「あ、今度ですか、はは。さようなら先生……」


 何のことか分かっていない斗真をずるずると引きずりながら、ようやく晶は病院に向かって足を進めた。


「なあなあ話って何だよ?」


「今度なんて来なくていい」


 星野の追及を受ける日を想像し、がっくりと肩を落とす晶だった。


 他愛のない話をしながら晶と斗真は学園を背に夕陽の中を歩く。


 昨日の夜のドラマを見逃しただとか、休みの日は何をしているかとか、斗真が一方的につらつらと話すのを晶は冷静なふりをして聞いていた。


 若菜に掴まれた腕と、何故か突然唇を落とされた手の甲を気にしながら、晶はもやもやと心に積もる感情が何なのか考える。


 怨み屋なんかに邪霊は渡さない。


 そんな強い意思のようなものがふつふつと湧き上がっていた。


 【蜂鳥】も【鯨】も。残る邪霊たちも。人の都合で悪いことに利用されてはいけない。


 晶にとって若菜は敵対者であることを改めて突きつけられたのだ。


 しばらくして目的地である桜中央病院に着くと、既に白鷺と辰海が話をしていた。


「説明は大体終わっているよ」


 辰海は首に包帯を巻き、青白い顔をしている。


 体の見えている部分はガーゼや絆創膏で覆われており、モデルの仕事に差し支えることは明白だった。


 晶は痛々しいその姿に顔を顰める。


「神崎くん、大丈夫?」


 辰海は晶の呼びかけに緩く頷いてみせる。


 呪器である銀の十字架を首にかけているところを見ると、人格は乗っ取られていないようだ。


「お前なんで地下に居たんだよ」


 斗真がむすっとした表情で問うと、辰海はこうべを垂れた。


 晶が慌てて斗真を宥める。


「ちょ、斗真くん。話したでしょ。急に古井戸に引き摺り込まれて、」


「悪かったよ」


「はあ?」


「こんなこと、想像もしてなくて。変に絡んで」


「な、なんだよ急にしおらしくなって……」


 素直な謝罪に斗真は毒気を抜かれたように口を噤む。


 晶も多くは聞かなかったが、恐らく晶のいないところでも斗真にちょっかいをかけていたのだと想像する。


「理事長、【鯨】はどうなっているんですか?」


「神崎君の中で眠っているようだ」


「そう、ですか」


 消耗している辰海を見ると、このまま辰海の中に眠らせておいて平気なのか不安になる。


 しかし他にどうすることもできない。


 晶が相反する思考に悩まされていると、ふと辰海の目が晶を捉えた。


「本野もごめん。迷惑かけたし、それといつかは退屈だなんて言って。こうやって痛い目にあって、君が刺激を求めない気持ちが分かったよ」


「ううん、気にしないで。とにかく無事でよかった。気分は、どう?」


「自分の中に霊がいるなんて信じられない。地下での記憶が曖昧なんだ」


「やっぱり覚えてねーんだな。俺もそうだったよ」


 辰海はふと白い天井を仰ぎ、思考を巡らせるように難しい表情を浮かべる。

 

「理事長の言うことさっぱりだ。この学園には邪霊がいて? その邪霊が俺に取り憑こうとして? 本野と斗真がそれを止めたけど邪霊は何故か俺の中に居る? 訳がわからないよ」


「すごい、全部合ってる」


「理解力の鬼」


「いやあ僕もびっくりだよ。斗真君の時と大違いでー」


「悪かったな!」


「というわけでこれ」


 ぷんぷんと怒り出す斗真を無視して、白鷺が鞄から取り出したのは一枚の紙だった。


 見覚えのあるそれに、晶は口元を引きつらせる。


「それってまさか入部届けじゃ……」


「そのとおり! 事情を知る生徒は強制入部です」


「でも神崎くんはモデルの仕事もあるし、そんな無理には」


 危険な目に遭ったばかりだというのにこれ以上辰海の負担になるようなことは避けるべきでは。


 しかしそんな晶の考えとは裏腹に、辰海は渡されたペンでさらさらと名前を記入してしまう。


「これで俺も歴史研究部の部員だ」


「分かってると思うけど、危ないんだぞ」


 斗真が念を押すと、辰海は青白い顔で頷いた。


「うん。迷惑かけた、お詫び。俺は斗真のように戦えるのかは分からないけど、でも邪霊探しは少しでも人が必要なんじゃない?」


「それはそうだけど……」


「それとも斗真は俺がいると不都合なことがあるの?」


 そう言って辰海はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。


 斗真はそれを見て、がしがしと辰海の髪をかき回した。


「不都合なんか、ねーよ! ったく、ようやくいつもの調子に戻ったな」


「それじゃあ情報の共有と今後の予定は、みんなの体が治ってから理事室で話し合おう」


 白鷺の言葉に三人が頷く。その時タイミングよく部屋の外から声がかかった。



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