第7話
「【蜘蛛】は先程報告したとおり、現在本野さんの体内で休眠状態にあると推測されます。理由は不明です」
「今後解明しないといけないね。何故晶くんは【蜘蛛】に取り憑かれず自我を保つことができるのか」
「あのー、普通は取り憑かれたらどうなるんですか?」
おずおずと手を挙げる晶に「いい質問だ」と高麗が返し、中央の画像を切り替える。
晶が視線をやると、そこには古い白黒写真が映し出されていた。目を凝らすと倒壊した建物と焼き払われた大地が写っているのが分かる。
「これは過去に邪霊の封印が綻んだ時、【蜂鳥】に取り憑かれた人間が起こした大火災だと言われています」
「火災……取り憑かれた人が放火したってことですか?」
眉を顰める晶に高麗は首を振った。
「いや。放火ではなく、自然発火だったらしいんだ。取り憑かれた人物が突然炎を纏って暴走したと伝えられている」
「し、自然発火?」
にわかには信じがたい言い伝えに晶は戸惑いを見せる。
ここで聞くに徹していた白鷺が口を開いた。
「我々は――邪霊が取り憑いた者はある種の人智を超えた力を得ると考えている」
「人智を超えた力」
口に出してもピンとこない様子の晶に高麗が補足する。
「時々あるんだけど、霊に取り憑かれた人が、本人が持つ以上の力を出すことがあるんだ。【蜂鳥】に取り憑かれた人は恐らく【燃やす力】を得たんだと思う。制御できなかったみたいだけどね」
「じゃあ、私も一歩間違えたらそうなっていたということですか?」
「いや、【蜂鳥】がそうだったという記録が残っているだけで、他の邪霊が与える力は未知数なんだ。こういう例もあるということ」
【蜘蛛】がもたらす影響は記録がなく、晶がもし取り憑かれていたらどうなっていたかは正確には分からない。
しかし何かしらの危険があったことは間違いなかった。
「次に霊杭について」
中央の画面が切り替わる。それと同時に晶は咄嗟に口元を抑えた。
「ゔっ」
「閲覧注意……と言っても君には見てもらわないと困るんだ。ごめんよ」
画面に埋め尽くされているのは、人間の体の一部の写真だった。
だらりと垂れ下がる腕、地面に捨てられた脚、木の幹から除く肩。そのどれもが青白く、生気を宿していない。
この光景に、晶は酷く見覚えがあった。
「本野さんが見たという地面に生えた腕もこんな感じだったかな」
画面から目を背けながら晶はこくりと頷いた。
「これらは霊杭と呼ばれる現象で、この地に古くから伝わる心霊現象のひとつなんだ。直接的な害はない。ただ、邪霊のいる場所に確認されることが多い」
「心霊、現象」
とても害はないとは思えない物体だったが、そういう現象なのだと晶は無理矢理自分を納得させる。
「普通の人にはまず見えない。この世のものではないからね。本野さんに見えたのは君にも霊感があるからなんだけれど……」
「ないです」
高麗は「う〜ん」と唸りながら次の画像を映し出す。
「まあそれは後々分かることかな。とりあえず、現時点で我々にできることはこう。まず学園付近に潜んでいる残り四体の邪霊を探し出して封印する」
「えっ! 残りの四体!?」
他の四体の邪霊のことは関係ないと思っていた晶にとって、高麗の発言は寝耳に水だった。晶としてはとにかく自分の中にいる【蜘蛛】をどうにかしたいというのに。
目を丸くする晶を無視して高麗は続ける。
「春休みも終わってしまったし、このままでは本野さんのように生徒が取り憑かれる危険が高い。そうなる前になんとしても邪霊を見つけ出さないと」
「ま、待って高麗先生。私なんとかしてすぐに【蜘蛛】を追い出したいんですけど」
「追い出したところで再封印は五体揃わないとできないんだ。【蜘蛛】が本野さんの中で大人しく眠っているうちに残りの四体を探そう!」
「嘘でしょ……」
五体揃わないと封印ができない。
晶はその新事実にがっくりと肩を落とす。
「順序としてはこう。まずは霊杭を見つけて邪霊の居場所を特定する。次に邪霊を誘き出し
「それ誰がやるんですか?」
「まあ我々だね」
この場の三人を指し示す白鷺に、晶は頭を抱えた。
「私は封印の準備を進める。晶くんには主にこれをやってもらいたい」
もうどうにでもなれと晶は白鷺から何かを受け取る。それは小さな銀色の鈴だった。耳元で振ってみるが音は鳴らない。
「この鈴壊れてます」
「それはガムランボールという、バリ島に伝わる魔除けの一種だ。霊杭に反応するように高麗先生に仕込んでもらった。これを使って学園内外の霊杭を探してくれ」
「アレを探すんですか……?」
先程のグロテスクな写真を思い出し、晶は顔を顰める。
「見つけたころでどうすることもできないのに」と晶はぶつぶつ文句を零した。
「今のところ、邪霊の居場所を直接特定する手段がないんだ。邪霊のいる場所に現れるという霊杭だけが唯一の手がかりということになる」
「そうだ、高麗先生はその間どうするんです? 一緒に霊杭探ししませんか?」
「ごめんね〜。僕にもやることがあるんだ」
「高麗先生には君に【蜘蛛】を飲ませた男について調べてもらっている」
晶ははっとした。そういえば若菜のことをすっかり忘れていた。あの男のせいで今こんなことになっているというのに。
晶は慌てて鞄から若菜の名刺を取り出し、高麗に差し出した。
「これっあの人にもらったんです。結構若い茶髪の男の人です。若菜って名乗って、【蜘蛛】のことも知っている風で、それで……」
『て ん こ う せ い ?』
若菜の低い声を思い出し、晶は首を傾げる。
「そういえば、私が転校生だと分かると妙に驚いていたような――」
「じゃあ宿題にしよう。その男について紙にまとめてもらえる?」
「分かりました」
「それでは今日はこれで終わろうか。それぞれのやるべきことが定まったわけだし」
やるべきことが決まっても、晶の悩みは解決しない。それどころか分からないことが増えていく。本当に自分の中に邪霊がいるのかも疑わしくなってきた。
「はあ……」
肩を落とした晶が理事室から出ると、もうとっくに陽が傾いていた。
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