第9話
▽
「ガムランボールが鳴ったのはこの辺りかい?」
「はい。こっちを向くと音が鳴るんです」
放課後、晶はガムランボールが示した場所へ白鷺を案内していた。
校舎裏にある使われていない倉庫。二人はその中へと足を踏み入れる。
「その時何か見つけたかい?」
「いえ、たまたま星野先生と会ってしまって詳しくは調べられなくて」
「ふむ」
白鷺が倉庫内の明かりを付けると、がらんとした空間が広がった。
「この倉庫は昔災害時用の備蓄庫だったんだが、学園創立時は防空壕だった場所だ」
「防空壕?」
「地面に穴を掘って、空襲などから一時的に身を守る場所だね。といってももう塞がれているはずだが」
白鷺はそう言うと、顎に手を当ててなにやら考え込む。
「その防空壕は元々邪霊を封印していた地下空間にも近い。何かが出てもおかしくはないね」
「う」
その何かを探さなくてはならないのだが、できれば出会いたくないというのが晶の本音だった。
「晶くん、ガムランボールを鳴らしてみてくれ」
「あ、はい」
白鷺に促され、晶は慣れた手つきでガムランボールを宙に投げた。
シャラン……
昨日と同じ清涼な音色が響く。
「ほら、聞こえますか?」
「え?」
「もう一回」
シャラン……
晶は再度投げるが、白鷺は首を捻る。
「何も聞こえない」
「ええ? こことかすごく響いてますけど」
「それは妙だな……」
晶が特に音色の大きくなった範囲を指し示すと、白鷺はしばらく考え込むように腕を組む。
「理事長も投げてみます?」
晶が白鷺に手元のボールを渡す。白鷺がそれを空中に放ると、何も起こらずに落下した。
「鳴らない……!?」
「私では鳴らない、聞こえないというわけだね。面白い。もしかしたら晶くんにしか聞こえない特殊な音色かもしれない」
「え、でも」
『さっきから聞こえていたのはこの音か』
昨日ガムランボールが転がって行った時、星野にはその音が聞こえていたはずだ。
晶はそう言いかけたが、ふと口を閉じる。
ということは――若い人にしか聞こえない音かもしれない。
脳内にモスキート音という言葉が過ぎり、晶は出かかった言葉を飲み込む。
本人にわざわざその事実を突き付ける必要はないだろう。
晶は慈悲深い眼差しで白鷺を見つめた。
それからの二人の行動は早かった。
ガムランボールの音が大きくなる場所を観察し、さらに倉庫からスコップなどを取り出し倉庫付近をくまなく調査した。
そしてしばらくして、それを見つけたのは晶だった。
倉庫の裏、生い茂る雑草をかき分けると四十センチ四方程度の平たい岩が姿を現したのだ。
晶はその岩を上から見下ろし、ある事に気が付く。
岩には黄緑色の蛍光マーカーで目印が付けられていた。
乱雑に下矢印が描かれたそれを見て、晶は眉を顰める。
「理事長、これなんでしょうか?」
「これは……」
白鷺が平たい岩をゆっくりとずらすと、下からぽっかりと口を開けた穴が出現した。
晶と白鷺は顔を見合わせた後、人一人がようやく通れそうなその穴を覗き込む。
「恐らく防空壕に続く横穴だ。岩で簡易的に塞がれていたんだろう」
「あの、さっきから鈴がすごく反応してるんですけど」
白鷺が岩を退かしてから、ガムランボールが晶の掌の中でジリジリと暴れるように振動を始めていた。
まるで危険を知らせるようなその反応に、晶はぎゅっと唇を引き結ぶ。
どうやら中には広い空間があるようだ。
スマホで照らすと穴のすぐ下からゆったりとした坂になっており、奥へと続いている。
いかにも『出そう』な雰囲気のある光景に、晶はごくりと喉を鳴らす。
「……入ります?」
「そうなるね。とりあえず高麗先生を呼んで来るから、晶くんは穴に入ることを考えるとジャージに着替えて来た方がいいな」
「ン? 晶くんはって……理事長も一緒に入りますよね?」
「申し訳ないんだが私の大きさだとこの穴を通るのは厳しそうだ」
「え゛!?」
晶は改めてもう一度穴の大きさを確認する。
奥に続く坂道は天井がかなり低く、晶がしゃがんでようやく通れる程度だ。
背の高い白鷺では引っかかってしまうだろう。
「ま、まさか私だけ入れって言うんですか」
「大丈夫大丈夫、高麗先生が入れそうなら二人で行こう」
「結局私は入るんですね……?」
晶は青ざめながら頭を抱えた。
まさか高校生にもなってこの暗くて狭くて土だらけの穴に入ることになろうとは。
半泣き状態の晶を置いて白鷺はさっさと高麗を呼びに行ってしまった。
ポツンと取り残された晶は仕方がなくジャージに着替えるためにとぼとぼと教室へと向かう。
幽霊どころか虫の類もわんさか出そうだ。
誰かに防虫スプレーでも借りられないかと一人悩みながら校舎に向かうと、最近聞き慣れた声に呼び止められる。
「本野」
「あれ、斗真くん。帰ったんじゃ」
そこには深刻な表情をした斗真が教室の戸に凭れかかるようにして立っていた。
晶が教室を出た時、斗真も帰り支度をしていたが、何故かまだ帰っていなかったらしい。
晶が斗真に駆け寄ると、斗真は渋い顔をしながら口を開く。
「待ってたんだよお前を」
「え?」
「鞄がまだ教室にあったから、戻ってくると思って。ここの窓から校舎裏ってよく見えるんだ。理事長に変なこと付き合わされてるんだろ? 嫌なら嫌って言えって」
「え、見てたの? 私と理事長が倉庫の辺りにいたの」
「ん。本野、妙に理事室に呼ばれるだろ。転校生だからって雑用やらされてないか? さっきやってたのは倉庫の掃除とかだろ? あのおっさん、何で本野にだけやらせるんだよ」
どうやら白鷺とのやり取りを見られ、誤解が生じてしまったようだ。
斗真の面倒見の良さを失念していた。
「ええと、違うの。私があそこで落とし物しちゃって。たまたま通りかかった理事長が一緒に探してくれてるんだ。もしかしたら穴に落っこちちゃったかもしれなくて、今から見に行くんだけどね」
「へー……?」
晶の適当な作り話に納得していない表情の斗真は、上を向いてなにやら考えた後、ふと晶の目を見た。
「じゃあ俺も一緒に探すよ」
「い、いいよそんな。悪いし」
「昔から探し物得意なんだ」
そう言ってずんずん歩いて行ってしまう斗真に晶はぎょっと目を剥いた。
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